イマーシブを定義することで、イマーシブとは何かを考える

Author: Yu Shioji (塩地 優)
Article type: Commentary(解説)
Article number: 240007

最近よく、イマーシブという言葉を耳にするようになりました。ただ、イマーシブという言葉が指すものは、幅が広いため、そのイメージをつかみにくいのも事実です。ここでは、イマーシブという言葉の定義を試みることで、言葉のイメージを考えてみます。

 

イマーシブの語源

イマーシブとは、immersive, すなわち、「没入」を指す言葉です。これが、最近よく用いられるような、エンタメにおける「イマーシブ」という言葉で用いられ始めたのは、2000年代前半、演劇界においてだと言われています。

通常の演劇とは異なり、ステージがありません。演者と観客の間に境目が無く、ほとんどの場合、演者に誘導されることはあっても、観客の行動に自由度が与えられます。観客が物語世界の一員(ただし、多くの場合は傍観者)となり、物語世界の中に、文字通り没入できるのが特徴です。こうした演目を、イマーシブ・シアターと呼びます。

ここから派生して、物語世界や演出内に没入できるものを総合して、イマーシブと呼ぶようになりました。場合によっては、没入感があまりないようなものもイマーシブと呼ばれるようになってしまったため、言葉のイメージがつかみにくくなっていますが、ここではなぜそうした体験にイマーシブという名前が付くのか、言葉の定義はどうなっているのかを考えることによって、言葉のイメージを明確化していきます。

 

イマーシブ・シアター

イマーシブ・シアターは、2000年代初頭から上演され始めて、すでに20年以上が経過しています。このため、派生形の種類も多く、形式は多岐にわたっています。

中でも、代表的な劇団とされるパンチドランクは、広大なエリア内に、ディテールまで作りこんだ多数のセットを用意。その中で同時多発的に演じられる劇を、参加者は自由な場所で見る、というスタイルに、その真骨頂があります。中でも代表作”Sleep No More”は、初演から20年以上が経過した今も、人気が衰えるどころか、むしろ熱を帯びてすらいます。

Sleep No Moreが演じられている建物。上演中は、建物内を、階段も含めて演者と一緒に駆け回ることになります。

このように、観客がエリア内を自由に移動できるスタイルは、「回遊型」と呼ばれます。

一方で、演者が観客を誘導する形で移動や行動を促す「誘導型」と呼ばれるスタイルもあります。

いずれにしても、「観客が舞台の中にいる」ことが、イマーシブ・シアターの最低構成要件であると考えられます。舞台の中にいることによって、物語の中に没入することができる、というのがその心です。

ただし、本当に物語世界に没入できるかどうかは、ディテールの出来や演者の質、演出の方法などに大きく依存します。例えば誘導型では、観客を誘導する際に、それが物語に溶け込むように行わなければ、単に場面転換を歩いて回るだけの、ツアー型演劇に終わってしまいます。

そうした事態を回避するために、演者と観客との間にインタラクティブな要素を用意する、触覚をはじめとして、味覚や嗅覚も刺激する、など多様な工夫が見られます。これらを受けて、イマーシブ・シアターという言葉の定義に、それらを取り込むような向きも見られます。

イマーシブ・シアターに、参加型演劇という言葉の要素を取り込む場合には、観客が物語の中に取り込まれていること、観客に、その観客が現実に有する社会的役割とは異なる役割が与えられていること、などが要件になることもあります。

ここでは、イマーシブ・シアターと参加型演劇とは明確に区分しておくべきと考え、イマーシブ・シアターの定義は、観客と舞台との間に明確な区分が無いこと、のみとしておきます。あくまで、参加型演劇は、イマーシブ・シアターがよく用いる手法の1つである、という解釈です。

 

イマーシブ・アトラクションとイマーシブ・体験

日本国内では、まだあまり広がりを見せていませんが、海外で新設される遊園地のアトラクションには、イマーシブを標榜するものが増えています。その代表例が、シミュレーションライドです。

例えばスイスの遊戯機械大手、Intamin社は座席の動作と映像を組み合わせたアトラクションを、イマーシブ・アトラクションと呼んでいます。

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映像に没入できるような仕掛け、というのは意外と歴史が古く、1950年代にまで遡ります。1952年に上映開始されたシネラマという映画用シアターの一種は、3台の映写機を用いて、横方向に連続して投影することで、視野の大部分を覆い、没入感を高めることに成功しました。こうした、視野の多くを映像で覆いつくすことによって没入感を高める、という手法は、現代ではIMAX社のものが知られています。

そのIMAX社の球面スクリーンに対して、シミュレーションライドを用いたのがユニバーサル・スタジオ・フロリダのバック・トゥ・ザ・フューチャー・ザ・ライドで、1991年のことです。このライド部は、上述のIntamin社が担当しています。ここから没入型シミュレーションライドというものが一挙に広がりました。

現在では、シミュレーター側の改良も進み、ロボットアームと球面スクリーンを組み合わせたアトラクション(ハリー・ポッター・アンド・ザ・フォービドゥン・ジャーニー)なども開発されています。あるいは、VRやARを活用したアトラクションもこれにあたります。

ここまでであれば、視野の一定以上を映像が覆うもの、あるいは頭部や眼の動作に映像が追従するもの、という定義で良いのですが、実際にはその解釈が大きく広がってしまっています。例えば、物語世界の演出の中に入り込むダークライド、インタラクティブ要素があるウォークスルーアトラクション、映像演出とプロジェクションマッピングを組み合わせたようなアトラクションなどです。あるいは、単に映像演出があるアトラクションをイマーシブ・アトラクションと呼ぶことすらあります。

ここまで解釈が広がってしまった背景には、前述の「参加型演劇」をイマーシブと呼ぶことがあったり、後述の「イマーシブ・体験」という存在によって、インタラクティブ性のあるアトラクションをもイマーシブと呼ぶようになり、そこから映像演出全般に広がっていった、と考えることができます。

テーマの中に入り込めばイマーシブ、という解釈をしてしまえば、例えばディズニーランドのスター・ツアーズは、映像視野こそ狭いですが、それ以外の部分にテーマ性のある装飾が施されているため、乗客は実際に宇宙船に乗っているかのような体験をすることができますので、これもイマーシブと呼べてしまいます。あるいは、テーマ性のある装飾がそもそも施されている、カルーセル(メリーゴーラウンド)も、ある種メルヘンチックな世界への没入体験だと考えることもできます。テーマ性のあるウォークスルーアトラクションやダークライドは、ほぼすべてがイマーシブになってしまいます。このため、現在ではイマーシブ・アトラクションという言葉を包括的に定義すること自体が困難になりつつあります。

遊園地外においても、例えば、現実世界における脱出ゲームや謎解きは、その多くがテーマ性のある室内で行われます。あるいは、視野を覆いつくすような映像で再現された絵画を展示する美術館も、イマーシブと呼ばれることがあります。これらを総称してイマーシブ・体験と呼ぶことで、何かしらの相互性がある、視野の多くが映像で埋め尽くされる、テーマ性がある、といったものが広くイマーシブという語の中に含まれるようになっています。

 

イマーシブの定義

ここまで見てきましたように、狭義には、

  • 観客と演者との間に明確な境界のない演劇
  • 視野の多く、あるいはすべてを映像で埋め尽くす体験

をイマーシブと呼ぶべきだと考えますが、現在では、

  • テーマ性のある空間の中に入り込む体験
  • 相互性のある体験
  • 空間を活用した表現

まで含めてイマーシブと呼ばれることが多くなっています。特に米国ではその傾向が強く、マーケティング用のワードとして定着してしまっているため、システムの販売者側は「イマーシブと付けなければ売れない」という状態に陥っているようにすら感じられます。このため、拡大解釈はこれからも続く傾向にありそうです。

実際には、きわめて質の高いイマーシブ体験ができる施設が多くあります。イマーシブという言葉が宣伝文句として消費され、これまでの体験と区別できないような体験にもイマーシブという言葉が用いられることで、イマーシブ・シアターをはじめとした新しい体験の価値が棄損されるようなことにならないよう、願っています。

 

 

引用方法

引用時は、下記を明記してください。

Yu Shioji, J. Amusement Park (2024) 240007.

 

利益相反

本稿に関わる利益相反はありませんが、特定の施設に対してネガティブな印象となることが無いよう、配慮を行っています。

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