Author: Yu Shioji (塩地 優)
※当サイト内の論文・解説等は、すべて著者個人がデータ収集、解析、考察を行ったもので、いかなる文言も当会を代表するものではありません。
Article type: Outreach(解説)
Article number: 250017
米国テーマエンターテイメント協会が発表した、2023年の世界のテーマパーク入園者数ランキング[1]によると、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は約1,600万人で世界3位、国内では1位だった。なぜUSJの入園者数は多いのか。その背景には、USJと東京ディズニーランド(TDL)の、経営戦略の違いがある。その秘密を探っていこう。
日経トレンディ電子版に掲載された、筆者執筆の記事が広く一般の方に向けたものであったのに対して、本稿はその理屈を深堀するために用意したものです。通常の当サイト掲載記事と比べるとライトな内容のため、文体が通常と異なること、正確性よりわかりやすさを重視していることをご了承ください。

年間パスポートとエクスプレスパス
USJの入園者数は、2016年以降、1,500万人弱で推移していた。コロナ禍で大きく減らしたものの、2022年から急回復。TDLの1,200万人に対して、USJは1,235万人と僅差で上回ると、2023年にはTDLの1,510万人に対して、USJは1,600万人まで伸ばし、差を広げた。世界では、絶対王者である1,772万のマジック・キングダム(ウォルト・ディズニー・ワールド)と、1,725万人のディズニーランド(ディズニーランド・リゾート)の背中が見えてきた。なぜUSJはここまで入園者数を伸ばしたのか。また、なぜTDLはUSJより緩慢な伸びを示すのか。
USJとTDLの最大の違いは、年間パスポートの存在だ。USJは年間パスポートを販売しているのに対して、TDLは、現在は販売していない。年間パスポートを販売すれば、年間入園者数は増えるものの、当然ながら客単価は下がる。ある種、身を切る施策だ。なぜUSJは年間パスポートを販売し、TDLは販売しないのかを考えてみよう。
USJ入園者がチケットに支払う価格帯は、大きく4つに分かれる。最も安価なのが年間パスポートで、年間90日程度の除外日があるタイプなら、21,000円~購入できる[2]。1日分の入園券が8,600円~だから、3回の入園で元が取れる、破格のチケットだ。
2つ目に、年間入園回数が少ない人に向けた、1日ごとの入園券がある。
3つ目は、遠方からの来園など、1日で楽しみ尽くしたいという事情がある人に向けた、「エクスプレス・パス」という、アトラクションの待ち列をスキップできるパスだ。入園券は別途購入が必要で、4アトラクションで9,800円~という価格設定だが、最低価格の日程は少なく、最繁忙期には4アトラクションで23,800円~となる。全アトラクションを1回ずつ体験できるパスは、最繁忙期で65,800円という強気の値付けだ。
最後に、専任ガイドが付き、8時間好きなアトラクションに乗り放題、昼食と夕食まで付くVIPツアーがある。4人で32万3,000円~、最繁忙期では39万8,000円となる。ツアーには、他にも5時間のタイプ、グループツアーのタイプなどがある。
なぜエクスプレス・パスが売れるのか
USJは、入園者数が多いうえに、アトラクションの総キャパシティが小さい。TDLの理論上のキャパシティは1時間あたり3万5千人~4万人と予想されるのに対して、USJのそれは2万人~2万5千人程度だと考えられる。このため、アトラクションの待ち時間も長い。
例えば、2024年のゴールデンウィーク期間中、5月4日の待ち時間を、TDLと比較してみよう。USJは、「マリオカート 〜クッパの挑戦状〜」が最長140分、子供向けの「エルモのバブルバブル」も最長110分と、待ち時間が伸びやすい。「ジョーズ」も最長100分だ。最も待ち時間の短い「ハローキティのカップケーキ・ドリーム」で、日中は20分を要する [3]。
対するTDLは、「美女と野獣 魔法のものがたり」が最長170分に至るなど、USJを上回る混雑を見せるものもあるが、「ジャングルクルーズ」は最長40分。比較的待ち時間の短い「魅惑のチキルーム」や「カントリーベア・ジャンボリー」は、常に次回ショーでの案内となっている [4]。
TDLは混雑日でも多様な楽しみ方があるのに対し、USJは逃げ場がない。このため、USJは強気な価格帯のエクスプレス・パスを販売できる。年間パスポートで低下するチケット単価を、高額なエクスプレス・パスで補える価格構成になっている。
TDLでも待ち列をスキップするチケットは販売されているが、事前販売が無く、当日の入園後のみ、前のチケットを購入後60分経過しないと次のチケットを購入できないなど、平等性に配慮した仕様になっている。チケット単価も、アトラクションの場合1,500円~2,000円と、USJと比べれば安価だ。複数アトラクションを優先体験できる、高額なパッケージは、ディズニーホテル宿泊者に限定して販売されている。
平均客単価の低下を補っているのは、エクスプレス・パスやVIPツアーだけではない。例えば、飲食の単価もUSJは高い。屋内で椅子に座って飲食できる施設の価格を比較してみよう。TDLで屋内飲食できる施設の最低価格帯は、ホットドッグとポテトとドリンクのセットが1,040円、カレーが900円、ピザとドリンクのセットが1,020円程度だ。USJは、ピザとドリンクのセットが1,500円、ハンバーガーとポテトとドリンクのセットが1,450円と、やや高い設定になっている。お土産としても人気のポップコーンバケットも、TDLは2,100円~3,400円であるのに対して、USJは4,000円~5,500円だ。飲食にしてもポップコーンバケットにしても、内容に差があるため、USJが割高だと言っているわけではない。ここでは、客単価を高める要因になっていると指摘していることに注意して頂きたい。
ディズニーの余裕
年間パスポートは、かつては東京ディズニーリゾート(TDR)の各パークでも販売されていたが、2020年7月に、コロナ禍を理由に廃止されてから、販売は再開されていない。この背景には、TDLが入園者数上限を引き下げたことがある [5]。
体験価値を向上するため、混雑日の入園者数を引き下げ、閑散期の入園者を様々な施策で押し上げる。これによって繁閑差を減らし、年間を通じて入園者数を平準化しようとしている。年間パスポートが無くても年間1,500万人以上の入園者があるから、客単価が下がり、混雑が悪化して体験価値を下げる、年間パスポートを販売する必要がない。
TDRの余裕ともとれる、このような戦略は、施設構成にも背景がある。TDRには、約3,500室の直営ホテルがある。各ホテルがテーマ性のある、テーマパークの延長のような施設であるのはもちろん、直営ホテルに宿泊すると、パークに開園15分前に入ることができるという特典もある。アトラクション1つの優先体験相当の価値だ。
こうした魅力によって、ディズニーホテルの客室稼働率は、2023年度の1年間で、98.4%に達している。東京都内のホテルの客室稼働率が75%程度だから、驚異的な値であることがわかる。平均客室単価は約5万5千円、利益率約30%というドル箱事業だ。TDRを運営するオリエンタルランド(OLC)の、売上高、営業利益ともに約15%をホテル事業が占めている。
1滞在あたりの客単価という視点で見れば、ホテル事業が大きく押し上げてくれている。ホテル滞在という体験をプラスすることによって、体験価値のコストパフォーマンスを損なわずに、高い客単価を実現できている。このようなリゾートとしての総合力が、入園者数を追わない「余裕」の1つの背景だろう。ディズニーホテルがいかにして優れた体験を生み出し、顧客の満足度に貢献しているか、という点は[6]に詳しい。興味のある方は、是非ご一読頂きたい。
若者のディズニー離れ
「若者のディズニー離れ」と言われた事象も、実は年間パスポートの廃止と、ホテルの好調に関連している。
ことの発端は、2024年4月26日にOLCが投資家向けに公表した、「ファクトブック」だ。ここに年代別来園者比率が掲載されていたのだが、その数字が衝撃的だった。2018年度には、18-39歳の来園者が50.7%を占めていたのに対し、2023年度には41.0%まで、約10ポイントも減ったのだ。その分、増加したのは40歳以上だった。17歳以下は、微減程度だ。
2018年度と2022年度を比較すると、地域別来園者数は、国内の割合が高まったこと以外、大きな変化はない。一方で、18-39歳の比率は5ポイントほど低下した。これは、年間パスポートの保有者が若者に多かったことと対応していると考えられる。2022年度と2023年度を比較すると、首都圏の割合が8ポイント近く減少し、国内遠方からの来園者が増えている。同時に、18-39歳の比率は5ポイントほど低下した。
TDRが滞在型リゾートの要素を強め、それに伴って支出額が増えるため、経済的に余裕のある40歳以上が増えたと考えられる。本来、年間パスポートの廃止と、滞在比率の上昇は同時に起きるものだが、2022年度はコロナ禍の影響が残っていた時期のため、一時的に首都圏からの来園者が多くなっていたと考えられる。
USJの真価がわかるのは2028年
こうしてみると、全国・世界から滞在型で多くの集客ができ、直営ホテルの恩恵もあって、リゾートとしての総合力で稼ぐTDRは、満足度と売り上げをバランシングさせるフェーズに入っていると見ることができる。USJは、入園者数の面では関西圏のリピーターに頼り、客単価は遠方からの来園者に引き上げてもらうという、2面性が残っている。
今後、入園者数の増加が続けば、どこかでリピーターの単価を引き上げざるを得なくなるだろう。そうなると、「安い年パスだから、あまりアトラクションに乗れなくても仕方ない」という感覚は通用しなくなる。また、休日に遠方から来園して、1日で主要アトラクションを楽しもうと思うとチケットだけで1人3万円~という価格帯を、顧客がどう判断しているか。後日冷静になった時に、「高かったな」と思われていないか。テーマパークは、顧客が一巡するのに4~5年はかかると言われる。コロナ禍が明けてから5年前後の、2027~2028年頃の入園者数が、USJの真の実力を表すだろう。
参考文献
[1] “Theme Index Museum Index 2023”, AECOM, 2025年4月23日閲覧
https://aecom.com/wp-content/uploads/documents/reports/AECOM-Theme-Index-2023.pdf
[2] ユニバーサル・スタジオ・ジャパン、2025年4月23日閲覧
https://store.usj.co.jp/ja/jp/c/ticket
[3] 「ユニバ 2024/5/4 の待ち時間」、USJリアル、2025年4月23日閲覧
https://usjreal.asumirai.info/realtime/usj-wait-2024-5-4.html
[4] 「東京ディズニーランド2024/5/4 の待ち時間の推移」、ディズニーリアル、2025年4月23日閲覧
https://disneyreal.asumirai.info/realtime/disneyland-wait-2024-5-4.html
[5] 「2024中期経営計画」、株式会社オリエンタルランド、2025年4月23日閲覧
https://www.olc.co.jp/ja/news/news_olc/20220427_12/main/0/link/20220427_09.pdf
[6] 「ホテルの力」チャールズ・D・ベスフォード (2024) 講談社
引用方法
引用時は、下記を明記してください。
Yu Shioji, J. Amusement Park (2025) 250017.
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