イマーシブ・フォート東京のマーケティング手法分析

Author: Yu Shioji (塩地 優)
Article type: Article(研究)
Article number: 240021

2024年3月1日に、東京・お台場のヴィーナスフォート跡地に開業したイマーシブ・フォート東京は、世界初のイマーシブ(没入)体験に特化したテーマパークです。運営母体が、USJをV字回復させたことで知られる、森岡氏率いる株式会社刀ということもあって、特にマーケティング面でどのような取り組みがされているのか、興味を持たれるところだと思います。一般にマーケティング手法というのは、表に出てくることは多くないのですが、イマーシブ・フォート東京の場合は後述のように、思うように集客ができていない可能性が高く、このため、様々な手法が見える形で表出しています。ここでは、まず業績面の推計を行い、それをもとにして、なぜ、どのような手法が用いられているのか、分析していきたいと思います。なお、消費者へのリーチ方法につきましては、すべてを網羅的に分析しないと意味を持たない一方で、網羅的な分析が困難なため、ここではパーク内で行われている取り組みに注目して議論を進めます。

イマーシブ・フォートが広げた「イマーシブ」という言葉。その認知がどの程度広まっているのか、マーケティングの実態を調査した結果は、以下の記事で公開しています。

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損益分岐点とサクセス・クライテリア

まずは、現状の業績を試算してみましょう。

損益分岐点

運営会社は刀イマーシブ合同会社で、当然ながら親会社も含めて非上場のため、損益に関する公式情報はありません。そこで、周辺情報から推計していくことにします。

設備投資+賃料

まず、賃料を考えます。ヴィーナスフォートの跡地利用を行う森ビルは、その用途が決まるまでの期間限定(推定5年)という形で、イマーシブ・フォート東京に対して賃貸を行っています。このため、賃料相場がそのまま当てはまるわけではありません。では、参考になる情報は何かと言いますと、お隣、MEG@WEB跡地に同じく森ビルから期間限定で賃貸し、運営されているシティサーキット東京ベイです。こちらは、賃貸期間5年(2028年9月末または10月ごろまで)の期間で、賃料総額を含む投資総額が10億円弱であると明言されています[1]。

イマーシブ・フォート東京の土地面積は、シティサーキットの3倍弱。上物に関しては、先に壊すか後で壊すかの違いでしかないので、賃料への上乗せは、ほぼ発生しないと思われます。また、施設内部については、間仕切りの改変等は行われているものの、基本的には仮設のつくりで、既存設備をうまく活用しているため、内装工事やアトラクション設置に要する費用は、シティサーキットと面積単価で大きな違いはないと考えられます。そこで、ここでは賃料+内装工事+設備費(リース含む)の5年総額を30億円と想定します。内装費も5年償却で按分してしまって、6億円/年です。

人件費

続いて、人件費を考えます。役者については、発表済みの情報[2]からおおよそ推計することができまして、おおよそ110人/日程度だと思われます。なお、この数字の算出に当たっては、拘束時間が半日の場合、0.5人工としています。

オペレーションに携わるスタッフは、ザックリとですがエントランス付近5、案内所1、ストーリーズ4、第V人格13(演者除く)、ジャック5(演者除く)、花魁3、東リべ6、シャーロック10、レストラン23、ショップ4、その他フロア15。合計89人/日。

いずれも11時‐20時の営業時間を基本とすると、平均9.5時間程度の勤務体系と考えられます。休憩分は別途補充が必要ですが、全員が複数のオペレーションをできるようにして、かつローテーションをうまく組むことで、ロスのない勤務体系が組まれていることを前提とします。時間単価を、福利厚生や派遣会社の取り分、人数比例する裏方給与まで含めて、役者は平均3,500円、一般スタッフは2,500円としますと、合計で約600万円/日、約22億円/年です。

加えて、バックオフィスに20名程度。これは、演者に付き添うスタッフや衣装担当など、演者数に比例する役職と、総務や人事など、総スタッフ数に比例する役職を除いて考えます。必要なのは、企画や広報、システム関係の技術スタッフなど。刀からの出向と派遣社員の混合と推定して、平均単価は福利厚生含め1,000万円/年。2億円/年を加算しておきます。

その他費用

光熱水費は、特に電気代のウェイトが大きくなります。基本的にはショッピングモールの居ぬきですので、電気使用量はショッピングモールの平均値を援用して、3,500 MJ/m2年とします[3]。これに、床面積約50,000m2、電気料金約25円/kWhを用いると、年間12億円がかかることになります。その他光熱水費と合わせて、13億円と見積もります。

その他、紙類や印刷費、清掃外注費なども含めて、土地代含むオペレーションコストが計50億円/年程度。開業準備に要した人件費等を5億円として、こちらも5年按分すると1億円/年。演劇類は外部にプロデュースを依頼しているでしょうから、その製作費を合計5億円程度として、やはり1億円/年。それに加えて、飲食や物販の仕入れ費が乗ります。これらをおおよそ5億円/年と考え(飲食費はおおよその食数と、原価率10%で算出しています)、年間支出を57億円と想定します。レストラン、カーサ・ディ・ペローニはスポンサーが入っていますが、これは酒類と食品提供分程度の協賛と考え、明示的には加味しません。

総額

そうしますと、1日当たりの支出は約1600万円。チケット料金は、大人6,800円~で、ボリュームゾーンが1万円弱。そこに飲食費も換算して、平均客単価を1万円と想定しますと、フル稼働の場合には1日当たり1,600人の入場が損益分岐点になる、ということになります。なお、こどもの単価を無視していますが、大人向けの要素が多く、子供料金での入場者数はおそらく5%にも満たない一方、花魁をはじめとして高額のチケットもあるため、そこで相殺として平均客単価を設定しています。

サクセス・クライテリア

では、パークの成功要件(サクセス・クライテリア)は何なのでしょう。失敗の要件は明確です。賃貸期間の5年間を満了できず、後に同じく居ぬきで別案件が入ってしまうこと、あるいは会社が倒産してしまうことです。

そうでない場合は、期間限定の施設であることもあって、賃貸期間満了後には「あの伝説の」といった形で、施設を神格化してしまうことができます。刀はマーケティングコンサルが主たる業務ですから、ポジティブな印象を残せれば、最低限の成功ラインはクリアしていると言えます。したがって、賃貸期間を満了できれば、表現の仕方と、出す情報次第で成功要件を満たした形にできる。しかも、その情報のコントロールは刀の得意とするところである。つまり、賃貸期間を満了すれば、サクセス・クライテリアはクリアしていると言えるわけです。

これがテーマパーク運営を主業務とする企業であれば、最低でも5%程度の利益率を見込みたいところですが、イマーシブ・フォート東京の場合はトントンで良いのです。賃料が、先進的なエンタメに取り組む事業に対して格安で示されている、ということも鑑みれば、かなり緩い設定です。上記損益分岐点と合わせて考えますと、1日当たり1,600人の入場者数を確保できれば、サクセス・クライテリアをクリアしていると言えます。

現状の分析

続いて、イマーシブ・フォート東京の現状の集客を分析してみましょう。これは、アトラクションの待ち時間が参考になります。待ち時間は、イマーシブ・フォート東京の待ち時間専用Xアカウントで公開されています[4]。

ここでは、春休みがほぼ終わっている2024年4/4-4/7の待ち時間を参照してみましょう。平日は、第五人格が30分、その他は最大10分待ち。休日は、第五人格が60分、その他は20分程度の待ち。有料アトラクションは、平日はシャーロックと東京リベンジャーズに空きあり(充足率は不明ですが、70%と推定します)、休日は一部空きありの公演もありますが、ほぼ充足と推定。

それぞれのキャパシティは、一般アトラクションは最大500人/h程度と推定します。例えば、第五人格は8人×4チームが1ロットで、1プレイ3分。入れ替え含めて4分で回転させると、32人/ロット×15ロット/hで、480人/hとなります。

ただし、実際にはそれぞれ回転率が大きく異なります。例えば、第五人格は図1の範囲がフルに埋まった状態で、待ち時間は50-60分と表記されていました。このスペースにいる人数は200人を切っています。VIPパスが半分程度使われることを想定すると、実際の効率は400人/h程度ではないかと思われます。

図1 第五人格の待ち列。図の範囲に200人以下が待ち列を形成した場合、待ち時間は約1時間。

このあたりの実態を鑑みますと、第五人格が400人/h、ジャック・ザ・リッパーが400人/h、イマーシブ・ストーリーズは350人/h程度であると推察されます。パーク内にいる人数は、待ち列にいる人数+アトラクション内にいる人数を算出に使う必要がありますので[5]、VIPパスを利用する人は除外する必要がある点に注意が必要です。有料アトラクションは、シャーロックが180人、東京リベンジャーズが120人、江戸花魁奇譚が60人収容です。有料アトラクションは、休日は花魁5回、それ以外が3回。平日は、花魁3回、東京リベンジャーズ2回に減少します。

ピークの14時ごろで計算すると、最大同時滞在人数は、土日で有料アトラクション360人+第五264人+ジャック120人+ストーリーズ160人+レストラン200人+ショー待ち100人+移動中・休憩中200人で、1404人。20%程度の途中入場があると見込んで、1日の入場者数は1,700人程度。平日は、有料アトラクション240人+第五164人+ジャック40人+ストーリーズ60人+レストラン150人+ショー待ち20人+移動中・休憩中50人で、724人。平日は夕方入場が多いと見込んで、1日の入場者数は1,000人程度。

やはり、フル稼働をしている場合には、損益分岐点を下回っていると思われます。このため、多数のマーケティング施策が同時に取られています。一方で、当然ながら損益分岐点を下げる取り組みも行われていて、有料ショーの開催回数を減らし、ジャック・ザ・リッパーは演者が2組交代制だったと思われるものを、営業時間を飛び飛びにして1組運営に。スパイ・アクションの公演日を繁忙期に絞るなど、様々な取り組みが行われています。これによって、実際の損益分岐点は1,200~1,300人程度にまで下がっていると推定されます。

なぜ客数を見誤ったのか

刀は、確率に基づくマーケティングによって、適切な客数を誘客できるだけの施策を打つことができる会社です。その会社が、なぜ客数を見誤り、必要な誘客ができていない状況に陥っているのでしょうか。

露出数の断面

客数を分析するには、様々な断面で適切に、要素に分解して考えることが重要です。まずは、何らかの広告施策を「見た人」、つまり露出数で分解してみましょう。ものすごくざっくりと考えると、

(客数) = (露出数) × (広告を見た人のうち、チケットを買う行動に移る人の割合)

と分解することができます。ここでは、露出数をインプレッション、チケットを買う行動に移る人の割合を、コンバージョン率と呼ぶことにします。

イマーシブ・フォートは、イマーシブ=没入体験ができるアトラクションのみを取りそろえたテーマパークとして、メディアの興味を強くひきました。これによって、開業日周辺には地上波での特集も多く組まれ、SNSでも話題になるなど、広く話題を誘起しています。ここまでの手腕は見事ですし、根源的なワンワードを使った、刀らしいマーケティングです。

ただし、そこで得られたインプレッション(露出)が、誘客に結び付かなかった。問題は、インプレッション→誘客のコンバージョン率が想定よりも低かったことだと思われます。厳密には、コンバージョン率が低いこと自体は問題ではありません。それに合わせて、インプレッションをあらかじめ増やせば良いのですから。インプレッションは、あらかじめある程度の予測ができますし、今回はどう見てもうまくいった事例です。インプレッションを増やす施策を他に取っていなかった、ということは、つまり、コンバージョン率を見誤っていた、ということになります。

購買行動を分解する

そのコンバージョン率を見誤った理由を考えるため、もう少し購買行動を細かく見てみましょう。一般に、商品(あるいは商品に関する広告)を見たことがある人が、購買に至る確率は、

(商品を見た人のうち、記憶に留まる人の割合) × (記憶に留めている人のうち、その商品ジャンルを買おうと思う人の割合) × (商品ジャンルを買おうと思う人のうち、買い物をするときにその商品を思い出す人の割合) × (思い出した人のうち、実際に買う人の割合)

と分解することができます。広告を見た結果として、その商品を買おうと思う人もいるわけでして、この分解は厳密なものではありません。特に新たな商品ジャンルを形成する場合には、新たな需要を掘り起こす可能性がありますが、今回はイマーシブフォートの売り込み方が「没入型テーマパーク」というものだったので、テーマパークに当てはまると考え、特に開園から1か月以上が経過した4月以降は、大部分が上記式に当てはまると考えます。このうち、「思い出した人のうち、実際に買う人の割合」というのは、その人が思い出した商品の中で、自社商品が有する他社製品に対する優位性と価格で決まります。ここは、企画やコストで決まる部分も大きいので、一般的にはそれ以前の部分を操作したい、ということになります。値引き戦略は重要な手段ではありますが、価格を下げれば、損益を分岐する販売数量が増えてしまうので、他に要因があるときには率先してとるべき手段ではありません。また、良好な口コミ形成も重要な手段ですが、この点はイマーシブフォートが後に取り組んでいますので、実際の施策のところで触れます。

商品ジャンルを買おうと思う人の割合、つまり、市場規模自体は決して小さくありません。年間動員数が8,000万人規模の市場ですので、ここは全く問題ではないことがわかります。ただし、テーマパークだけではなく、様々な切り口を用意しておくと、確率の和になりますので、大きく集客を伸ばせる可能性があります。この点については、イマーシブフォートも後に取り組むことになりますので、実際の施策のところで触れることにします。

したがって、問題なのは記憶に留めた人の割合か、その商品を思い出す人の割合、あるいはその両方が想定より低かったことです。記憶に留めた人の割合が低かった要因は、容易に想像ができます。それは、「イマーシブ」と言われて、何ができるのか、どんな施設なのか想像ができなかったから。「なんかよくわからないけど凄いのができたらしい」という認識で止まってしまい、記憶に留められなかった。テレビやYouTubeなどでアトラクションの紹介はあるけれども、「今までのショーやお化け屋敷などと何が違うの?違ったとして何が楽しいの?」という疑問に答えられなかった、というところだと思います。

記憶には残っているけど、テーマパークに行こうと思った時に、イマーシブフォートを思い出せない人、というのは、主としてイマーシブフォートがテーマパークに当てはまると思っていないことに由来します。当時の露出方法からすると、イマーシブフォートがテーマパークではない、という伝わり方はしていないと考えられますので、ここが低かった可能性は、ほとんどないと考えられます。

なぜ記憶に残る人の割合を見誤ったのか

記憶に残る人の割合が低く、その原因は、魅力やできることがきちんと伝わっていないことにあることがわかりました。では、なぜ記憶に残る人の割合を見誤り、結果として伝え方を誤ってしまったのでしょうか。

これはおそらく、「正しい参考となるデータが無かった」ためだと考えられます。刀が参照したデータは、例えばUSJの露出と、そこからのコンバージョン率ではないでしょうか。あるいは、劇団四季など、演劇系エンタメの新規公演のデータも用いたかもしれません。ただ、これらは、「そこで何ができるか」が浸透している状態での露出とコンバージョン率です。USJでも、「世界最高を、お届けしたい。」など、抽象的なワードを長らく使っていました。ですが、これはどんなアトラクションがあるのか、というのがある程度浸透した状態で、「世界最高にアップデートをした」というポジティブな印象によって来訪の動機づけを行ったものです。そのコンバージョン率と、何ができるかわからない状態で抽象的なワードだけを浸透させた場合のコンバージョン率は、大きく異なっていたのではないでしょうか。要するに、エンタメ業界に新規ブランドを大々的に立ち上げた場合のコンバージョン率のデータが無くて、楽観的なデータ引用になってしまった。しかも、それが楽観的な使い方になっているということを見落としてしまった、という点に問題があると考えられます。

やはり、インプレッションを最大数稼げるのは、開業時です。これからリニューアルをしたところで、全国ネットのすべての局が揃って取材をして、5分ニュースでも取り上げられる、というようなことにはならないはずです。ですから、初回の確率の見積もりミスが、今後のパーク運営に重くのしかかってしまいます。今後、おそらくシャーロックを全く新しい演目に変更するなどの形で、露出増を企図すると思われますが、これはもはや口コミ頼りにならざるを得ません。刀としては、かなり致命的なミスを犯したのではないかと考えます。

なお、記憶に残っている人の割合が実際に低いかどうかを確認するため、開業後3か月時点での、認知の状況を2,000人規模のアンケートで調査しましたので、結果を下記記事にまとめています。

「イマーシブ」の認知度と、体験しない理由の調査
2024/3/1のイマーシブ・フォート東京のオープンから3か月が経過した2024/6/1から、イマーシブという言葉の認知度、施設の認知度、イマーシブを認知していながら体験したことが無い方への理由の深掘りをするアンケートを実施しました。調査結果の概要をご紹介します。

マーケティング面での施策

2024年4月時点では、初期のコンバージョン率を見誤るという致命的なミスを犯し、収支がギリギリであるという、かなり厳しい状況にある現状を踏まえたうえで、イマーシブ・フォート東京がとっているマーケティング面での施策のうち、表出しているものを見ていきましょう。

なお、消費者へのリーチ方法については、上述の通りすべてを網羅することが難しいため、分析はできませんので、ここでは「感想」を述べるにとどめます。

伝わりやすさの観点から、主として映像メディアを重視していると思われます。テレビ、インフルエンス力のあるYouTube、各種Webメディアなどを複合的に使いながら、コンセプトの浸透を徹底している印象です。

調査

来場者アンケート

これはごく一般に、来場者の満足度やマーケティング効果を測定するために用いられるツールです。ただし、下記の通りアンケート項目が洗練されていないところが注目点で、刀のノウハウはあまり投入されていないのかもしれません。なお、アンケートは3/23時点のものです。

値引き

Googleの口コミ投稿に対するインセンティブとして、1,000円分のクーポンを配布

これは3/7に実施されたもので、Googleのポリシー違反となることから、1日で中止されました。口コミ投稿に対して1,000円の割引というのは極めて大きなものですが、これはオープン後最初の週、3月第1週のGoogle口コミ平均点が2点台かつ口コミ数も150件程度と多くない状況だったため、そこに対するテコ入れ策だったものと思われます。Google口コミは、Googleの検索アルゴリズムや、例えば「お台場 観光」と調べた場合に表示されるカルーセルに表示されるかどうか、といった点に影響を及ぼすことが知られています。このため、インセンティブを提供し、かつ口コミをチェックするというプレッシャーを与えることで、平均点と投稿数を共に高める狙いがあったと考えられます。

館内割引券の配布

テーマを壊さないよう、マフィアのボスから「ダークマネー」という形で配布され、マフィアの息のかかった店舗(全店舗+アトラクション有料パス)で使用できます。配布開始当初は2,000円分でしたが、配布が無い日程があったり、1,000円分が配布されたりと、日によって変更が入ります。これはおそらく、1日の使用金額に対する満足度を測る手段として使われていて、あわせて飲食店舗の価格感度も見ていると思われます。ただし、飲食店単体の価格としてみると、2,000円は割引しすぎているので、その目的が本当に存在するのかどうかはわかりません。2,000円券を配布していた時期は、例えばショーレストランのキャバレーでは、食事を200円~でとることができましたし、ケーキなどを無料で食べることもできました。ほとんどのチケットを前売り券で販売しているパークで、このやり方を取った場合、消費行動が明確に変わってしまいますが、それを踏まえても飲食やショップの価格が事実上大きく下がることで、満足度がどう変化するのかを見ているんだと思われます。その後、実際に飲食店の値下げが行われています。

2024年6月には、雨の日に、館内のキャラクターに憂鬱な話を伝えると、その話をダークマネーで買い取ってくれるという形で、ダークマネーの配布にイマーシブ体験が組み込まれるようになりました。

飲食店の価格変更

例えば、上述のキャバレーでは、チキンコンフィ(パン等が乗ったプレート)の価格が、営業開始当初は2,900円だったものが、3月中下旬に2,400円、4月に入って1,800円まで値下げされています。上述の割引券利用率を見ながら、1日の予算総額とレストランのキャパシティを考慮して、金額を決定しているものと思われます。様々な口コミ、レビューでも、飲食店の価格が高いという意見が散見されるため、アンケート等でもその実態をつかみ、対策を実施していると考えられます。レストランの稼働率と価格から利益のバランスを取っている形ですね。また、あわせて口コミ対策にもなっていると思われます。

事実上の割引チケット発売

チケットの割引効果については、刀は既にUSJ等で実績値を持っているはずですから、狙いすました戦略だと思われます。

2024年6月10日~7月5日までの全日、15時以降の入場+シャーロックまたは東京リベンジャーズの体験チケットを組み合わせ、11時入場の場合は9,800円のところ、6,000円で販売。いわゆるイブニングチケットを、入場者減が見込まれる6月に、屋内施設であることの強みを生かして販売。ただし、関東の梅雨入りは6/21頃、梅雨明けも早め予報と、空梅雨の傾向。15時以降のシャーロック、東京リベンジャーズはチケットに余力が発生しがちなため、有料チケットはタダでも価格が問題だった新規体験者、リピーターの獲得と、それによる口コミ拡散効果を狙っているものと思われます。

2024年7月6日~8月31日までは、大人4人以上で割引となる、6人までのグループで2万4,000円定額チケットを発売。明らかに夏休み期間を狙ったものと思われます。夏休みは、特に大学生は帰省等により大きなグループを組みにくい時期。そのリカバリーと、大きなグループは仲間内でポジティブな感想を発信する傾向にあり、それがSNS上のつながりで憧れを生み、拡散していく効果がある、といったところでしょうか。

2024年9月13日~11月30日までは、入場料のみ2,000円引きの4,800円となるハロウィンシーズン限定チケットを発売。ただし、有料体験アトラクションを体験する場合は、総額が従来と同額になるよう調整。セットチケットは従来通りの価格。単券は大幅値上げ。ただし、1日に2つ以上体験する場合、2つ目以降の体験を値引きし、結果として従来と同額に。なお、値引き幅はXのリツイート数で決定。上限が決まっていたため、事実上リツイートをあおる施策でした。また、10/10~11/30の平日限定で、16時以降入場の場合、ペローニナストロアズーロの330ml瓶1本がつくキャンペーンも実施。おそらくアサヒの協賛によるもの思われます。なお、ペローニナストロアズーロは実売300円ちょっと。パーク内販売価格分の割引とみるかどうかは難しいところですが、決して大きな割引ではありません。

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館内アンケート(兼口コミ奨励)

これは、上述のネット経由のアンケートとは別に実施されているものです。タブレットを持ったスタッフが、来園者に口頭で質問をするタイプのもの。海外も含め、ユニバーサル・スタジオでよくみられる手法です。ただし、このアンケートでは、500円のクオカードを配布していた、という情報があります。どちらかというと、アンケートを取ることが目的というよりも、設問やスタッフとの会話から、高評価の口コミを書くよう誘導することが目的ではないかと思われます。口コミを書くことに対するインセンティブではないため、ポリシー違反にはならない、ギリギリのラインです。これも、実施日と非実施日によって、口コミ数に対する影響を見ながら実施していると思われます。

Google口コミへのQRコードの設置・声かけ

館内のアトラクション体験後、Google口コミ記入用のQRコードを設置して、かつ口コミを書くよう声掛けを行っているようです。こうした施策の結果として、口コミ数は明らかに増加傾向にありますし、スタッフからの声掛けの元で記入するという影響もあって、平均点も大きく伸びています。ただし、いずれも短文あるいは文章のないレビューが多く、長文のレビューは平均点が低い傾向にあります。このため、口コミを読むと違和感を感じるのですが、上述の通り狙いは、お台場などの地域ワードでの検索に対する露出だと思われますので、そうした違和感は問題にならないと考えられます。

公式SNSの動向

公式SNSはInstagram, X, Tiktokとありますが、いずれも抑制的。情報を自ら取りに来た人に対して、意欲をそがない程度に発信を行っている印象です。

また、シャーロックと東京リベンジャーズについては、当日チケットを販売していることを公式SNSで公開していますので、これらについては「連日完売続出」といった伝説化を望んではいないことがわかります。それよりも、集客・チケットの販売を重視している傾向です。一方で、江戸花魁奇譚については、土日でも3回公演しかない(計180人しか体験できない)ような日程があり、特に土日は1か月以上先まで完売が続いています。これについては、公演数を減らしてでも「連日完売」による神格化を図りたいという意図が見えます。

2024/5/22追記
2024年5月頃から、Xなどを使って、リツイートによってパークチケットなどが当たるキャンペーンを複数回実施。新アトラクションのプレビュー参加者を募るなど、特に拡散効果を狙った積極的な姿勢に転換しつつあります。
2024/6/13追記
加えて、アトラクションの背景設定やイメージがわかる短編動画の投稿など、理解促進を図る発信もされるようになっています。
2024/10/4追記
ハロウィンの時期には、特定のゾンビの写真投稿を促すキャンペーン、TikTokでダンス動画投稿を促すキャンペーンなど、来園者にSNS投稿を促す取り組みが行われるようになりました。

チケット名称の変更

従来、入場券も有料アトラクション体験券も、あるいは有料ファストパスも、全て「パス」という名称で販売していたものを、入場券を「パス」、それ以外の有料追加券を「チケット」と明確に呼称区分。チケットの種類が多くて、何ができるのかわからない、といった声に対応したものと思われます。

インバウンド客に向けた広報活動

もともとシャーロック等には翻訳機が準備されていて、インバウンド客への対応が図られていましたが、そうしたインバウンド客向けの施策をXでポストする(2024年6月8日)など、明確にインバウンド客を取り込もうとする動きが表面化しています。

CMへの注力

2024年7月時点では、SNSとCMでは、明らかにアプローチを変えています。SNSではかなり説明的で、CMでは感覚的。ですが、力の入れ具合にもかなりの差があります。

SNSでは、例えばシャーロックを紹介する際に、

  • 自由に歩き回る
  • 重厚なストーリー
  • 物語世界への没入
  • 衝撃のラスト

等の情報が、順番も事実上ランダムに登場します。メッセージ性を練っているとは考えにくい内容。加えて、「物語はとんでもない重厚なストーリー」など、活用に違和感のある表現も (「とんでもなく重厚」の方が適切と思われる)。かなり工数がひっ迫しているか、あるいはチェックが入らない、入ったとしても適切な人材が投入されていないとともに、消費者へのアプローチ方法が組織的に体系化されていなくて、俗人化している様子がうかがえます。

CMでは、文字を使わず、かつ体験者の目線に近い形で「巻き込まれる」感覚を演出。メッセージを「没入」に絞って楽しさを推す戦略が見えます。映像や文章が洗練されるのは、外注で金額も大きいことにも由来すると思われますが、メッセージ性の絞り込み方、魅せ方にも強いこだわりを感じる構成。ノウハウのある方が、ある程度の工数を割いて制作にかかわったことがうかがえます。

CMは主としてイマーシブフォートを認知していない、あるいは認知していても想起セットに入っていない方を対象としていて、SNSは認知・想起セットに入っている方を対象としています。このことから、認知の拡大、想起セットに入る確率の向上を狙っていることがわかります。

なお、ハロウィンイベントでは、SNSを主体としたマーケティング施策がとられました(イベントの項で詳述)。

新アトラクション

推しの子イマーシブ・ラリーにライブパフォーマンスを追加

3/28から追加された施策です。従来、なぞ解きを実施して、ライブが開催される場所と時間の情報を得た後、ライブに参加するという形だったイマーシブ・ラリー。ライブは、映像と音、光のみの演出でした。これに対して、作中のキャラクター「ぴえヨン」がライブパフォーマーとして登場する演出を追加。

「新要素を追加した」ことをアピールし、話題提供することで情報が届いていなかった、あるいは届いていたとしても魅力を伝えきれていなかった、特に押しの子が好きな層へリーチするための施策だと思われます。

アトモスフィア型の新アトラクション「フォルテヴィータ事件簿」追加

2024年4月26日から、街のキャラクターがあちこちで、アトモスフィア型のショーを繰り広げる「フォルテヴィータ事件簿」を追加。街に11キャラクターが新登場、合計15キャラになり、演目が10以上。同じく刀が関わっている、西武園ゆうえんちの夕陽の丘商店街に近いスタイル。

広報が特徴的で、このアトラクションの登場により、「イマーシブ体験が倍増」とうたっています。ただし、アトラクションとしては1つという扱いになっていますし、実際に行われるのは出演者1~数名のショー×7(2024年GW時点。体験が「10以上」としているのは、場所の移動を含む演目について、場所ごとにカウントしているためだと思われます)。また、「約3万㎡にもおよぶイマーシブ・フォート東京の館内全体を活用して繰り広げられる、エリア面積最大スケールのイマーシブシアター体験」とありますが、実際には各地で散発的に繰り広げられる形。やや誤解を受けそうな、かなり「盛った」表現であることがわかります。

また、同じく広報として、報道向けのプレビューを実施。この際に、参加者兼被インタビュー対象をSNSで募る、というキャンペーンも実施されました。報道による広告効果はもちろんのこと、SNS上で応募した人による拡散効果、参加した人による口コミ効果も狙ったものと思われます。

ザ・シャーロック等リニューアル[6]

  • ザ・シャーロック(5/22~): 登場人物2名追加、新エピソード追加、映像演出追加、オープニングでキャストが誘う演出、最終ショーにフォトセッション
  • ジャック・ザ・リッパー(5/31~): 10以上の演出追加
  • パーティ・フェスタ!(3/31~): 全員参加型のダンスパート
  • スパイ・アクション!(5/3~): アクションシーンに新演出

ザ・シャーロックは開幕3か月で動員数5万人を超える見込み(5/21の発表時点では未達成と思われる表現)。3か月で5万人ということは、1日あたり約550人。1日3公演の日でも定員が540人ですし、土日は5, 6回公演になりますから、売り切れが続いていた割には少ない印象を受けます。

今際の国のアリスのアトラクション追加

2024年7月19日には、今際の国のアリスをテーマとしたアトラクションが追加されます。追加チケットは必要ない、基本料金で体験できるアトラクションです。人気のある第五人格に近い、ゲーム性のある基本アトラクションを追加することで、ボリュームゾーンの満足度向上を図るとともに、フォルテヴィータ事件簿と合わせて話題化し、認知を広める目的もあると考えられます。インバウンド客にも人気のあるIPのため、国内の認知が十分に広がらない中で、インバウンドも見据えた集客を優先していることがわかります。また、SNSでは前日のみですが、ティーザー画像も公開され、話題づくりをしようとする意図が見られます。

イベント

ハロウィン

消費者の要望を反映させる手法[7]

2024年のハロウィンイベントに先立ち、消費者の要望を反映させるため、コミュニティを開設。「一緒に作る」形を採用[7]。意見を反映されたインフルエンサーによる拡散効果を狙ったものか。コミュニティへの参加は、SNS上での呼びかけ、イマーシブ・フォート東京でのリアルサイト呼びかけなどが行われているようです。

初回発表段階で決まっているのは、

  • フルフェイスを含めて全身仮装OK
  • 「フォルテヴィータ事件簿」で、バーのマスターがゲストの仮装をイジる演目
  • パーティーフェスタがハロウィン演目に
  • 夜は謎解き型ホラー→新規開発エリアを含む広範囲で、うち音を立ててはいけないサイレントゾーン、ゾンビの様子を撮影するミッションゾーンなど(8/29情報追加)
  • 希望するゲストにはマスカレード配布
  • 2024年9月13日~11月30日開催

内容的には、目新しいものはなく、既存の演目を生かしたもの、あるいはUSJの知見を生かしたものが見られます。目新しいアイデアが浮かばないために、消費者を巻き込むスタイルを採用した、という側面もあるのかもしれません。

初回発表のプレスリリース文では、「東京の“ハロウィンの聖地”と呼べる場所、誰もが思い切り楽しめる場所が無くなってしまったと多くの方が感じています」と、これが調査結果であることが分かりにくい、断定的な文体を使っていたり、「双方型」などの脱字があったり、微仮装・ガチ仮装といった独自用語が断りなく使用されていたりと、プレスを使ったマーケティングが得意な刀にしては、やや検討の甘い表現が見られます。今回は新アトラクションの発表ではなく、メディアによるインプレッション増の効果が期待できないためか。

また、分析に使われたデータは、n数540という、傾向をしっかりつかむには少ないもの。しっかりした調査というよりは、回答数の多いものを抽出する、あるいはPRのための調査であることがわかります。

今回、総指揮は刀のシニア・クリエイティブ・ディテクターである津野氏が務める、と発表されています。失敗できない取り組み。

イマーシブ・フォート側が選定するインフルエンサーは、はじめしゃちょー。双方向型で開発するのは、オリジナルゾンビとスペシャル仮装企画。

「仮装」を前面に押し出すことで、従来の没入とは異