Author: Yu Shioji (塩地 優) Article type: Commentary (解説) Article number: 230001
ローラーコースターという語の曖昧性
ローラーコースターというのは、非常に曖昧な言葉です。本稿では、ローラーコースターとは何かを定義することを通して、ローラーコースターがいかに多様な発展を遂げてきたか、そしてその結果として、ローラーコースターというのがいかに曖昧な言葉となっていったのかを感じて頂けたら、と思います。
そもそも日本語では、一般にローラーコースターという言葉が指す対象に対して、名前が一意に定まっていません。
最も広く使われているのは「ジェットコースター」という言葉ですが、由来には諸説あります。例えば参考文献[1]では、『当時テレビで放映されていた「スーパージェット」』が由来だとしていますし、参考文献[2]では、後楽園ゆうえんち(2023年現在は東京ドームシティアトラクションズ)広報室の話から「ジェット機が由来」だとしています。
ジェットコースターという言葉がはじめてつかわれたのは、後楽園ゆうえんちであることに間違いは無いようです。しかしながら、ジェットコースターの「ジェット」が何を意図していたのか、その細かな意図については発案者本人しか知り得ないところです。
ただし、ジェットコースターという言葉が、ローラーコースターの中でも特別な形態、特にその当時の他機種と比べて、よりスリルを感じられるローラーコースターであることを意図していたことに違いはないと考えられます。したがって、ジェットコースターという言葉はローラーコースターという言葉に内包されていることになります。
他にも、ローラーコースターを指す言葉はいくつか使われていますが、いずれもマイナーな用法です。したがいまして、本稿ではローラーコースターという言葉の定義を探ることにします。
そのローラーコースターという言葉も、起源がはっきりしません。
参考文献[3]では、ローラー滑り台のようなコースの上を、複数人乗車できる大型のそりで滑り降りるライドが起源ではないか、としています。これは、”roller”は細長い円筒形のものを指す言葉であって、ローラーコースターの車輪を指すには不適切だから、という理由です。
ただし、上記ライドは1887年の設置。参考文献[3]が引用している1886年の文献には、すでに”roller coaster”という言葉が注釈なく使用されていますので、一般名詞化しています。したがって、この説は誤りだと考えられます。
他にもローラーベアリング(ころ軸受け)を起源とする説もありますが、そもそもローラーベアリングにローラーという語が使われている通り、ローラーには「小型の車輪」という意味があります。wheelとrollerを分けるのは、スポークまたは穴があるかどうか。ローラーコースターの車輪にはスポークや穴がありませんから、rollerという語があてられるのは当然だと考えられます。ほかにもローラースケートなど、同じ用法が見られます。
この根拠は、過去の特許にあります。まだL.A. トンプソンによる世界初のローラーコースターが設置されるより前、1884年にP.M. Stevensという人が取得した特許(US 298710)のタイトルが、”Roller coasting device”というものなんです。coastにはソリで滑る、といった意味がありますから、ソリの代わりに車輪のついた乗り物で坂を下るデバイス、という意味で”roller”という語を使っているんです。さらに、1885年にはL.A. トンプソンを含む3名が、”Roller coasting”という語を使って特許を出しています。ですから、この時にはすでに、rollerを車輪の意として使うことが一般化しているのです。
とはいえ、これも仮説にすぎません。ローラーベアリングのローラーは内部に存在するころを指していますし、ローラーにスポークのない小型の車輪の意が含まれるようになった原因が、ローラーコースターなのではないか、というところから上記のような問題意識がもたらされているからです。
このように、ローラーコースターの「ローラー」が何を指すのか、いまだに見解の一致をみていません。これもまた、ローラーコースターの定義が混乱する原因の一つとなっています。
さまざまなローラーコースター
さて、そのローラーコースターは、アメリカ合衆国で誕生した乗用遊具です。世界初のローラーコースターと言われるSwitchback Railwayは、レールの上を走行するトロッコ状のものでした。一般に「ローラーコースター」と言って思い浮かべるものに近い形です。ただし、巻き上げに動力はなく、人力で持ち上げていました。
その直後には、いわゆる「ローラー滑り台」の上を複数人乗車できる大型のそりで滑るものが登場したり、後年にはパイプを半分に切ったようなU字型の、レールのない軌道を走行するものが登場したりと、「レールの上を走行するものがローラーコースター」という定義が壊れてしまいます。
さらには、タイヤで軌道上を走行し、人工の池へとダイブするウォーターシュートもローラーコースターの一種として捉えられることもあります。
どう見ても見た目はローラーコースターでありながら、全経路を動力で走るものも存在します。例えば、アメリカ・アナハイムのディズニーランドや、ディズニーランドパリにある「Casey Jr.」がこれにあたります。
古くは「ブレーキマン」と呼ばれる乗務員が同乗して、停止位置でブレーキをかけて止まるようなローラーコースターもありました(2023年現在、例えばコペンハーゲンのチボリ公園などに現存します)。ローラーコースターに乗車するのは、乗客だけではないのです。
こういったものをローラーコースターに含めるか否かによって、定義が大きく変わってしまいますし、辞書的にどう定義するのかも難しい問題になってしまいます。
辞書の定義
辞書は、ローラーコースターをどう定義しているのか、確認しておきましょう。
Wikipedia[4]は、Oxford Living Dictionaries[5]からの引用として、
A roller coaster, or rollercoaster, is a type of amusement ride that employs a form of elevated railroad track designed with tight turns, steep slopes, and sometimes inversions. Passengers ride along the track in open cars, and the rides are often found in amusement parks and theme parks around the world.
と言っています。和訳しますと、
ローラーコースターは遊戯用ライドの一種であって、高所にレールがあり、急なカーブと急な坂、場合によっては上下反転するレール形状を備えたもの。乗客は屋根のない車両に乗車する。世界中の遊園地やテーマパークによくみられる。
ということになります。
ウェブ大辞泉[6]を見ますと、
急な起伏やカーブのあるレール上を高速で走る遊戯用の列車。遊園地などに設備されている。
とされています。
いずれにしましても、
- レールがある
- 急なカーブがある
- 急な坂がある
- 遊園地などに設置されている
ことを要件としています。
ただ、これらはあくまで一般的な特徴の列記であって、言葉の定義ではありません。
これらを定義としてしまいますと、例えばレールのないボブスレー型のローラーコースターは、ローラーコースターと呼べなくなってしまいます。
本稿でのローラーコースターの定義
そこで、ここではローラーコースターの定義を独自に決めておくことにします。
定義を決めるためには、ローラーコースターの本質を見極める必要があります。ローラーコースターの官能的な本質は、大なり小なりスリルを楽しむことにあります。かつて、Scenic Railwayと言って、(場合によっては作られた)景色を全面に推したものもありましたが、それでもやはりサブテーマにはアップダウンによるスリルがありました。
ローラーコースターのスリルを生み出すのは、いわゆる縦Gや横Gです。走行中に縦Gや横Gが大きく変化することで、スリルを生じます。これが、ローラーコースターに類似したライド、例えばレール上を走行する自転車をこぐようにして進むライドや、自動で走行あるいは手動で速度切り替え可能なモノレール型ライドなどとの相違点です。
問題は、縦Gや横Gのしきい値をどこに置くかなのですが、ここではやや激しめにGがかかる汽車等は後で分離することにして、上記のようなローラーコースター様ライドとの区別だけを意図して、低めのしきい値を設定することにします。鉄道の緊急ブレーキが0.11G程度、最も弱い段のブレーキが0.03G程度ですので、しきい値は0.01Gとすれば区別は可能だと考えられます。
「設計速度で」というのは、自転車型のライドで爆走した際に、大きな横Gがかかる場合を除くために記述しています。
次に官能面以外の側面を考えていきましょう。
まず、
は必須の要件です。これがなければローラーコースターたり得ません。
加えて、
が必要です。言い換えれば、コースが設置されていて、そのコースの変更が容易ではないこと、という要件です。あえてレールではなくコースとすることで、ボブスレー型のローラーコースターを含めようとしています。
続いて、ウォーターシュートを除外するために、
としておきます。ウォーターシュートは、途中で水路を船として進む場合と、陸路を車輪で進む場合とが変化します。これを除外しているのです。同様にウォータースライダーもこれによって除外できます。ローラーコースターは、途中でこうしたコース形態の変化が発生しません。ちなみに、プラットフォームを除く、としているのは、例えば「ウルトラツイスター」シリーズのように、プラットフォームではライド底面の車輪、それ以外ではライド側面の車輪を使用するような場合があるためです。
ゴーカートと区別するためには、
を追加する必要があります。進行方向については、ブレーキや急加速など、制御された速度変化による荷重が発生しますので、これを除外しています。プラットフォーム付近を除いているのは、2面式プラットフォームや車両倉庫などへの移動を想定しています。
ここまでは形態の定義です。ただ、これだけでは鉄道など、軌道上を車輪で走行する乗り物との区別ができていません。そこで、
を追加しておきます。これで鉄道などとは区別することができました。ただ、娯楽用の汽車や、一部のゴーカート風ライドなどは区別できていません。ここで再び、形態の定義に戻りましょう。
とします。これは、現代型のローラーコースターには、必ず「アップストップ」と呼ばれる、レールの下面に沿う車輪が設置されていることを利用しています。アップストップがある限り、レールが地面と接触することはできません。また、アップストップ発明以前や、ボブスレー型ローラーコースターには、完全に地形に沿っているタイプのローラーコースターが存在しないことから、この定義が成立します。これによって、車輪のついたソリ型のライドに乗って坂を下るタイプのライドも、そのほとんどを除外することができています。
ただし、ローラーコースターの原型と言われる、Mauch Chunk Switchback Railwayなどは、この定義により除外されてしまいます。Mauch Chunk Switchback Railwayは、もともと鉱山鉄道だったものが転用されていますし、あくまでローラーコースターの「原型」であって、これをローラーコースターに含めることはまずありませんので、問題ないと考えられます。
ここまで検討しても、ローラーコースターには分類されない、例えば図1のようなライドとの区別ができていません。
図1のライドは、日本では「コースター」という名前が付く場合もありますが、例えばRoller Coaster Database[7]では、コースターには分類していません。
「コース外からライドを固定するための柱が存在しない」とすれば除外できるのですが、除外するのに十分な理由がないため、本稿ではこの種のライドをローラーコースターに含めることとします。
より厳密には、ここでいう「コース」とは何かを定義しておかなければなりませんが、以上をまとめますと、以下がローラーコースターの定義となります。
ややこしいですね。ローラーコースターというのは、これだけややこしい定義をしなければならない、言い換えれば、曖昧なものを指す言葉なのです。
参考文献
[1] 中藤保則「遊園地の文化史」(昭和59年, p.167)
[2] ウェブサイト「絶叫Review」(http://drkssk27.web.fc2.com/zekkyou/column/jet.html, 2023年6月10日閲覧)
[3] “The Incredible Scream Machine – A History of the Roller Coaster,” Robert Cartmell, Amusement Park Books, Inc. and the Bowling Green State University Popular Press (1987).
[4] 英語版ウィキペディア「Roller Coaster」(https://en.wikipedia.org/wiki/Roller_coaster, 2023年6月10日閲覧)
[5] “Definition of roller coaster in English”. Oxford Living Dictionaries. Archived from the original on October 5, 2017. Retrieved May 28, 2017.
[6] weblio国語辞典「ジェットコースター」(https://www.weblio.jp/content/ジェットコースター, 2023年6月10日閲覧)
[7] Roller Coaster Database “Kennywood” (https://rcdb.com/4553.htm, 2023年6月10日閲覧)
引用方法
引用時は、下記を明記してください。
Yu Shioji, J. Amusement Park (2013) 230001.
利益相反
本稿に関わる利益相反はありません。
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