Author: Yu Shioji (塩地 優) Article type: Commentary (解説) Article number: 230006
マーカス・トンプソンが現代型のローラーコースターを作ったあと、ローラーコースターは正統な方向に進化するというより、様々なキワモノコースターが作られ、方向性が発散してしまいました。
その方向性が修正されて一般的なローラーコースターが「王道」として定まったのには、ジョン・ミラー(1872-1941)という人物が大いに貢献しています。
ジョン・ミラーは、ローラーコースター界では「天才」と呼ばれ、「ローラーコースターの父」とも呼ばれる人物。彼の発明によって、ローラーコースターは安全性とスリルを両立できるようになりました。
今回はその人生を追いつつ、ローラーコースターがどうして王道に回帰できたのか、その理由に迫っていきたいと思います。
ローラーコースターのスリルってなんだ
ローラーコースターのスリルって、どこから来るのでしょうか。話がややこしくなるので、ここでは王道のキャメルバックコースターに限って話を進めましょう。
最も単純なスリルは、落下による浮遊感からくるものでしょう。人間、浮遊感を感じることはそうそうありませんし、通常の生活で浮遊感を感じることがあるとすれば、危険な状況です。ですから、浮遊感は恐怖心、スリルへとつながります。
もう1つ、浮遊感に関係するスリルとして、ゆっくりと高さを増していき、その先に落下が待っていることに対する心理的恐怖があります。こちらもやはり危険な状況、しかも逃げ出せない環境下でそういう状況に向かっていくという恐怖心、スリルにつながります。
浮遊感が恐怖心につながるとすれば、車両から振り落とされるような動き(横G)もまた恐怖心につながるでしょう。これは、車両ごと落下するのではなく、車両から落下するかもしれないことによる恐怖ですので、意味合いが少し違ってきます。車両から落下することはないという絶対的な安心感があれば、恐怖心は和らぎます。ですから、現代型のハーネスがしっかりしたコースターでは比較的恐怖には結びつきにくいと思われます。一方で、古いハーネスがなかったり、すっぽ抜けそうな安全バーあるいはシートベルトのみのコースターでは恐怖心へとつながります。
これらのうち、コースレイアウトによってなんとかできるのは浮遊感と横G。高さを増していくのは設計技術の成熟やスチールコースターの登場を待たねばなりません。
さて、現代のローラーコースターはスリルと爽快感のバランス、恐怖と気持ちよさのバランスによって乗客を楽しませます。両者がバランスしながら、それぞれの感情が高まることで乗車の満足度も高まっていきます。1900年代初頭のコースターは、まだまだスリルを味わうには浮遊感や横Gが足りず、爽快感を味わうには速度が足りませんでした。
これらを向上させるのに大きな役割を果たしたのが、ジョン・ミラーの発明だったのです。
ジョン・ミラーとアップストップ
ジョン・ミラーは19歳のとき(1891年)に、ローラーコースターの生みの親マーカス・トンプソンのもとで働きはじめます。すぐにチーフエンジニアとなって、トンプソンの様々なコースターの建設・設計に尽力していたようです。
遅くとも39歳(1911年)には独立。1911年からはフィラデルフィア・トボガン・コースター(PTC: Philadelphia Toboggan Coasters)のコースターをいくつか設計しています。PTCという会社は、この時代には珍しく、代表的な設計者のいない、その時々で設計者を雇ってコースターを作るタイプの会社です。ちなみに、後の記事で出てくるPrior, Church, Traverという3人(厳密には、PriorとChurchがコンビを組んでいて、Traverはその2人とパートナーシップを組む関係にありました)がPCTと略されることがありまして、非常にややこしいので、フィラデルフィア・トボガン・コースターの略がPTCであるということを覚えておいてください。
その後、ジョン・ミラーはハリー・ベイカー(Harry C. Baker)、ピアスファミリー(Josiah and Fred Pearce, The Pearce Family)、フレデリック・インガーソル(Frederick Ingersoll)、ノーマン・バートレット(Norman Bartlett)らとコンビを組みながら、様々なコースターを制作していきます。
ジョン・ミラーは自分のチームを持たず、誰かとコンビは組むものの、基本的には2人か3人の少人数で設計をしていました。一匹狼的な生き方を好んだのです。このためか、人柄についてはあまり情報が残されていないようです。
そんなジョン・ミラーの最大の発明は、アップストップ(up-stop, underfriction, up-liftなど)と呼ばれる機構です。これは簡単に言えば、レールを下から挟み込む車輪。車両に浮き上がるような力がかかった場合に、車両がレールから離れてしまうのを防ぐ機構です。
厳密に言えば、車両がレールから離れるのを防ぐ機構は、初期のロシアの山にも存在していました。
ジョン・ミラーのオリジナリティは、レールを挟み込むように車輪を配置したことで、機構がシンプルかつコンパクトになったことにあります。
アップストップが作られたことによって、ローラーコースターは脱線を恐れずにドロップを作ることができるようになりました。
その結果として、それまでは40度程度までに留められていたドロップの角度は、ゆうに50度を超えるようになりました。スピードオーバーによる脱線を恐れる必要もないので、高さを増すことで速度も増していきます。
さらに、ダブルアップやダブルディップと呼ばれる、上り坂や下り坂の途中に一旦平らな部分を作って浮遊感を生み出す手法や、小さめのキャメルバックで浮かせる、といった現代のコースターでは当たり前のように使われる手法も、アップストップのおかげで作れるようになったのです。
アップストップによって脱線の可能性が低くなって安全性が大きく向上すると同時に、スリルが大幅に引き上げられました。ローラーコースターのコースレイアウトが多様化したのは、まさにジョン・ミラーのおかげです。だからこそ、ローラーコースターの父と呼ばれることがあるのです。
ちなみに、アップストップが生み出されるより前は、車両が浮き上がるのを防ぐために、浮き上がりそうなポイントに速すぎるスピードで侵入したらブレーキを掛ける、「ブレーキマン」(brakeman)と呼ばれる人が同乗しているのが一般的でした。それも不要になって、コストも下がりますし、安全を人の勘に頼る必要もなくなりました。
また、特許は特に出されていないようなのですが、横方向に脱線するのを防ぐために、横向きの車輪がレール脇に付けられるようになったのも、アップストップが生み出される少し前からのようです。
それ以前は、サイド・フリクション(side friction)と呼ばれる、車両脇にローラーを付けて、それを車両の外側にあるガイドに当てることでカーブを曲がる手法が用いられていました。しかしながらこれは、見た目も悪ければ敷設コストもかかります。しかも、構造的に急カーブを作りにくくなる(カーブの最小回転半径が、1両の長さと、車両とサイドフリクション用壁との距離で決まってしまう。レール脇に車輪がついていれば、最小回転半径はホイールベースと、メイン車輪の可動範囲で決まる)、という欠点も有していました。
サイドフリクションの廃止は、急なカーブを作ることに寄与しています。
サイドフリクションの廃止とアップストップの発明が同時期に起こったことで、カーブもドロップも急になって、ローラーコースターは劇的に進化しています。
ちなみに、ジョン・ミラーの後、フレデリック・チャーチによってさらに急なカーブを通過できる車両が開発されます。そのあたりは次回の記事で。
アップストップという構造は、後にローラーコースターがさらなる進化を遂げた際に、より必要不可欠なものとなりました。
その進化の1つは、もちろん上下反転するエレメントです。単純な垂直ループならまだしも、ゆっくりとした速度でのハートラインロール(きりもみ回転)などでは遠心力も発生しませんので、アップストップがなければ車両が落下してしまいます。
もう1つの進化は、スチール化とレール敷設精度の問題です。スチール化によってレール周りの構造がスッキリとしましたので、例えば車両横から伸ばしたアームの先に車輪を付けて、それをアップストップとして用いようと思うと、サイド・フリクションと同様、レール周りにごちゃごちゃとした構造を新たに作らなければなりません。コストアップになりますし、乗客からの景色も狭めてしまいます。さらに、そのアップストップ用レールは走行用レールと同じカーブを描かなければなりませんから、加工精度上難易度が高いのと、設計上も非常にややこしいことになります。もしかしたら、アップストップが無かったとしたら、そもそもチューブ状のレール自体が開発されなくて、現在のスチールコースターの隆盛も無かったかもしれません。
アップストップが誕生したおかげもあって、ローラーコースターの世界は「絶叫の1920年代(roaring 20’s)」へと突入していきます。黄金期とも言われる時期で、なんと1,500ものコースターが製造されることになります。
こうした時代が到来したのには、もちろん文化的背景や世相面の寄与が大きいのですが、技術的にもアップストップがなければニーズに見合ったスリルを提供することができなかったはず。
1920年代のコースターは、間違いなく現代のローラーコースターの礎となっています。その基礎を作ったジョン・ミラーの存在は、もはや「もしジョン・ミラーがいなかったら」という歴史のifを想像できないほどに大きいものなのです。
その他の発明1 アンチロールバック
ジョン・ミラーの、アップストップ以外の発明も見ておきましょう。ここでは代表的な2つの発明をご紹介します。
まず、1つはアンチロールバック。これは巻き上げ時に万が一チェーンが切れても、コースターが坂を逆走してしまわないようにするためのシステムです。
機構自体はモーク・チャンク・スイッチバック・レールウェイですでに採用されていますが、これをいわゆるローラーコースターに適用することで特許を取得しています。
レールの間にギザギザした刻みがあって、その上をアンチロールバック機構が通過していきます。この際、アンチロールバックが各段に引っかかるようにしながら進んでいくことで、逆進を防いでいます。いわゆるラチェット機構を直線化したものです。
ローラーコースター巻き上げ時のカタカタという音は、この機構に起因しています。ローラーコースターですとライドの下にアンチロールバックがありますので、直接見ることはできないのですが、ウォーターライドだとボートの脇に付いていたりしますので、構造が気になる方はウォーターライドの巻き上げ時にライド脇を注意して見てみてください。
この機構は純粋にローラーコースターの安全性に寄与しています。最初の巻き上げ部、特に上部でコースターが逆走をはじめてしまうと、本来なら低速で通過すべきところを高速で逆走してしまうことになって、脱線や乗客のケガへと至ってしまいます。「何かあっても大丈夫」な状況を作る、非常に大切な発明なのです。
その他の発明2 フライング・ターン
こちらはミラーの晩年に作られ始めたタイプのコースター。1号機は1929年に作られています。
特徴は、レールがないこと。木で作ったボブスレーコースのようなレーンを、ラバータイヤを装着した車両で走行するコースターです。
このコースターのキモは、なんといっても遠心力によって車両が左右に振られること。強制的なカントではなくて、ごく自然に左右に振られる気持ちよさと、単に傾くだけではなくて左右に「振れ上がる」ことで生じるスリルとを楽しむことができます。
ジョン・ミラーのバージョンの権利は一時フィラデルフィア・トボガン・コースターに売却されて、複数販売する計画もあったようなのですが、時は黄金の1920年代末期。目の前に世界恐慌が迫っていました。そのためもあって、結局フィラデルフィア・トボガン・コースターは1機のみ設置、ジョン・ミラーのバージョンとしては11機のみが製造されました。
このフライング・ターン、後に1980年代になってリバイバルブームが沸き起こります。1984年、アメリカに3機設置された、インタミン社のスイスボブシリーズや、1985年から製造されているマック・ライズ(Mack Rides)社のボブスレーシリーズがあって、2000年代に入っても新設された、地味な人気を誇るコースターとなりました。
日本にも、神戸ポートピアランドにマック社製のものが1991年設置、2006年の閉園まで稼働し続けていました。ちなみに、神戸ポートピアランドはシュワルツコフが2機と、ボブスレー1機というマニア歓喜のラインナップを有していましたが、残念ながら一般受けはしなかったようです。。。
今回は技術的側面からジョン・ミラーの足跡をたどってみましたが、彼は絶妙に浮く「エアタイム」を多用したローラーコースターをいくつも制作しています。また、カーブを主体にして遠心力を楽しむようなコースターも多く、現代の「楽しい王道コースター」に近いもの、それらの原型となるようなものを作っていました。
単純にスリルを追求するというよりも、幅広い年齢層が乗って楽しいコースターが多くあります。乗客は楽しめる範囲のローラーコースターを求めている、という現代でも忘れられがちな重要なポイントを、しっかりと理解してローラーコースターを制作した人だったのです。
次回は、黄金の1920年代にどのようなコースターが作られたのか、黄金期はいかにして到来し、終焉を迎えたのか、短期間に多数のコースターが生まれた時代に迫ります。
参考文献
今回の記事は、ほぼ以下の文献を参考に、特許の原典等もあたりながら記述しています。以下の文献は、ジョン・ミラーに1章を割いているスゴい本です。
“The Incredible Scream Machine – A History of the Roller Coaster,” Robert Cartmell, Amusement Park
引用方法
引用時は、下記を明記してください。
Yu Shioji, J. Amusement Park (2023) 230006.
利益相反
本稿に関わる利益相反はありません。
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