Author: Yu Shioji (塩地 優)
※当サイト内の論文・解説等は、すべて著者個人がデータ収集、解析、考察を行ったもので、いかなる文言も当会を代表するものではありません。
Article type: Article (研究)
Article number: 250016
イマーシブ、没入という概念は、遊園地・テーマパーク業界や、演劇など、エンターテイメント業界を中心に、特に2010年代から強く意識されてきました。VRやARなど、バーチャル空間への没入が意識されることもありましたが、2024年は、USJの再建で知られる森岡氏率いる株式会社刀がイマーシブ・フォート東京を立ち上げたことで、イマーシブという言葉の認知度が大きく高まったと考えられます。そこで、前回は、2024/3/1のイマーシブ・フォート東京のオープンから3か月が経過した2024/6/1に、イマーシブという言葉の認知度、施設の認知度、イマーシブを認知していながら体験したことが無い方への理由の深掘りをするアンケートを実施しました。
第2回の調査となる今回は、その後のイマーシブ・フォートの運営や、2025年4月のリニューアルによって、また、その他のイマーシブ体験によって、認知度がどう変化したのかを調べるため、イマーシブ・フォート東京のオープンから1年1か月、大規模リニューアルから1か月後の2025/4/1に、第1回と同様の調査を実施しました。
- 調査方法
- イマーシブの認知に関する調査結果
- イマーシブ体験をしない理由の調査結果
- Q1:仕事や学校がお休みの日には、どのようなことをされていますか? 当てはまるものを3つまでお選びください。
- Q2:あなた自身の趣向についてお伺いします。お休みの日は、どのような過ごし方をされたいですか? 当てはまるものを選択してください。
- Q3:あなたは、趣味や余暇に1か月あたり、どの程度のお金を使っていますか? 過去3か月の平均金額をお答えください。ご家族と行動を共にされている場合は、ご家族分も含めた金額をお答えください。
- Q4:あなたは、「イマーシブ」体験ができる施設やイベント、サービス等を利用しようと検討したことはありますか?
- Q5:これまで、あなたが「イマーシブ」体験をしたことが無い理由として、当てはまるものを全てお選びください。
- Q6:以下の体験の中で、実際に体験してみたいと思うものを全てお選びください。
- Q7:以下の体験に対して、いくらまで支払うことができますか? 数字でお答えください
- 結論
- 引用方法
- 利益相反
調査方法
調査方法: 調査会社のモニターを利用したインターネット調査
調査対象: 認知度 2,000人、認知かつ未体験者調査 200人
有効回答: 認知度 1,908人、認知かつ未体験者調査 200人
調査期間: 認知度 2025/4/1、認知かつ未体験者調査 2024/4/2~2024/4/2
モニターを利用したアンケート調査は、モニターの方にインセンティブが発生します。特に、認知度調査において「知っている」と回答した場合に、より報酬の高い調査の回答権を得られる場合があるため、認知度が高めに出るバイアスがかかります。また、「イマーシブ」という言葉は、エンターテイメント関係に限らず、オーディオやゲームなど、様々な場面で用いられることがあります。
本調査では、認知しているかどうか、認知レベルについての設問に加えて、具体的な施設名を問う設問を用いることで、正確な認知をされている方の比率を求めています。この問いに対して、意味不明な文字の羅列や、無関係であることが明確な文言を書かれている場合、無効回答としています。
年齢ごとの回答数が、人口分布と同じになるような割り付け方はせず、ターゲットとなる20代、30代の回答数が多くなるよう割り付けていますので、回答比率に日本の人口をかけても意味を持たない点はご注意ください。
イマーシブの認知に関する調査結果
Q1:あなたは、「イマーシブ」という言葉を聞いたことがありますか?
- 選択肢: 聞いたことがある、聞いたことはない
- 選択必須

イマーシブという言葉を聞いたことがある人の割合は、全体の19%という結果になりました。第1回調査では、17%でしたから、わずかに増えていることがわかります。その理由は、Q3で確認することにします。
なお、この結果の解釈には注意が必要です。このアンケートは、調査会社のモニターの方に対して、インセンティブが発生する形で行われています。一般に、こうしたアンケートは、「聞いたことがある」と回答した人に対して、深掘りするアンケートが行われることが多く、深掘りアンケートは報酬が高いことが多いため、モニターの方にはこうした設問で、「知っている」と回答するようなバイアスがかかります。ですから、この結果をそのまま素直に受け取ることはできません。
この設問は、あくまで一般的な「認知度」を調査するためのもので、対象者が正確に認知しているかどうかは、Q3で確認しています。
Q2:あなたの「イマーシブ」という言葉への理解度として、最も当てはまるものを選択してください。
- 対象者: Q1で「聞いたことがある」と回答した方(365人)
- 選択肢: 「具体例を交えて他人に説明できる」、「他人に説明はできないが、具体例をあげられる」、「具体例はあげられないが、なんとなく理解している」、「聞いたことはあるが、どんなものかはわからない」
- 選択必須

具体例を交えて他人に説明できる人は、回答者の10%でした。これは、全体の1.9%に相当します。具体例を挙げられる人は、全体の28%で、第1回の32%からわずかに低下しました。何となく理解している人も、第1回の24%から第2回は21%に低下し、全体としては「どんなものかはわからない」と回答した方が51%と、第1回から7ポイント上昇しました。分母を全体の回答者数に直すと、「どんなものかはわからない」と回答した方は、第1回は7.4%、第2回は9.8%と、2.4ポイント増加しています。
2,000人規模の調査に対して、2.4ポイントの差は有意であると考えられます。第1回調査から10か月の間に、「イマーシブ」の内容を忘れてしまった方が一定数いる、つまり、記憶を定着させられなかった、ということがわかります。なお、後述の通り、具体例には第1回調査時点では存在しなかった、スマホゲームが含まれているため、それ以外のイマーシブに対する理解は、より大きく低下していることになります。
Q3:「イマーシブ」と聞いて、思い浮かぶ施設やイベント、サービスがあれば、その名称を3つまでご記入ください。思い浮かばない場合は、「なし」とご記入ください。
- 対象者: Q1で「聞いたことがある」と回答した方(365人)
- 何らかのイマーシブ関係ワードを記入された方: 129人
イマーシブの具体例をあげることができる方は、聞いたことがある方のうち35%、全体の6.8%に留まっています。第1回と比較すると、具体例をあげることができた方は増えていますが、その理由は、内訳をみるとわかります。

「ポケポケ」と回答した方が、20名、15%いらっしゃいます。ポケポケというのは、Pokemon Trading Card Game Pocketの略称で、ポケモンカードのスマホゲームです。この中に、「イマーシブカード」というカードがあるため、イマーシブという言葉が認知されたと考えられます。第1回調査時点では存在しなかったゲームのため、この20名は、新たにイマーシブを認知した方だと推定されます。ポケポケで認知した方は、ポケポケのサービス名を回答できると考えられますので、昨年からの認知の増加のうち、半分はポケポケに由来している、と推定できます。
認知の増分のうち、ポケポケ以外に由来するのは、Q2もあわせて考えますと、「ぼんやりとした認知」であることがわかります。どんなものかはわからないが、何となく聞いたことがある、という方が40名以上増えています。この現象は、過去に理解していた人が、どんどんと忘れてしまい、新たに具体例を含めて説明できる人が現れる、という新陳代謝によって説明するのが適切だと思われます。では、新たに認知を獲得するきっかけとなった施設は何でしょうか。
ポケポケ以外の変動は、ミュージアム類とその他が微減、イマーシブ・フォート東京が、その分増加となっています。イマーシブ・フォート東京と回答できる方の割合は、回答者全員を分母に取ると、3.3%→3.9%と0.6ポイントの増加に留まっています。統計誤差の可能性もあるため、注意が必要な数値です。これが誤差ではないという前提に立つと、ミュージアム類や、その他のイマーシブ施設は話題に上ることが減り、忘れられてしまったけれども、イマーシブ・フォート東京は継続的に話題に上り、新たに具体例を伴って理解できる方を開拓している、という仮説が立ちます。大きくイマーシブの認知を伸ばすほどではないけれども、施設の認知者を維持・微増させる程度のマーケティングはできていたと想像されます。
その他の回答には、
- 寺田倉庫(イマーシブ系イベントが開催される)
- 3Dゴーグルをつけて行う仮想政界の体験(仮想世界の誤りと推定)
- プロジェクションマッピング
- VR施設
- チームラボ
- ハリーポッターのやつ(演劇か、スタジオツアーかは不明)
- サンローラン(ショップでイマーシブ演出を実施)
などがありました。
Q4:あなたは、「イマーシブ」体験ができる施設またはイベント、サービスを、実際に体験したことがありますか?
- 対象者: Q1で「聞いたことがある」と回答した方(365人)
- 選択肢: 「ある」、「ない」
- 選択必須

体験したことがある方は15%で、前回より1ポイント増加しています。全体に対する比率で考えると、前回が2.3%、今回が2.8%で、大きな差はありません。イマーシブを、イマーシブと認識して体験したことがある方が増えていないということは、現在認識したうえで体験している方のほとんどがリピーターである、ということを示していると考えられます。また、今回「ある」と回答した方のうち、体験内容がポケポケであると推測される方は、8名でした。これを差し引くと、人数、割合でも前回との差がほとんど無くなります。
なお、回答者の年齢分布から人口比に直しますと、ポケポケを除けば、200万人弱が体験したことがある、ということになります。イマーシブフォートの体験人数は100万人に満たないと思われますので、この数字は、かなり過大評価している可能性があります。アンケート回答時に、施設名を調べて回答した方がいるなど、悪意のある回答に左右されている可能性がある点に注意が必要です。
Q5:あなたが「イマーシブ」という言葉から思い浮かべる体験のジャンルに当てはまるものを、全て選択してください。また、そのうち最も当てはまるものを1つ選択してください。
- 対象者: Q1で「聞いたことがある」と回答した方(365人)
- 選択肢: 「演劇」、「ミュージカル」、「美術館」、「映像シアター」、「謎解き・脱出ゲーム」、「お化け屋敷・ホラーアトラクション」、「遊園地・テーマパークのショー」、「遊園地・テーマパークのライドアトラクション(乗り物)」、「飲食施設」、「その他」
- 選択必須

青の棒グラフが複数回答、オレンジの折れ線が最も当てはまるもの単一選択です。いずれも映像シアターが最も多い結果となりました。第1回調査時点では、複数回答が謎解き・脱出ゲームがトップで、単一選択では映像シアターがトップでしたので、この傾向が少し変化したことになります。これは、視野を覆いつくすようなイマーシブ型映像体験が広く普及しつつあることを反映していると考えられます。
なお、「その他」には、わからないなどの回答の他に、「ゲーム」「カード」など、ポケポケを想起させる回答がありました。
イマーシブ体験をしない理由の調査結果
続いて、イマーシブを認知しているけれども、体験したことが無い方200人に対して、なぜ体験したことが無いのかをお伺いしました。
Q1-3で対象者の休日の過ごし方や性格について、Q4-6で行ったことが無い理由、Q7でイマーシブ・シアターに対してどの程度の金額を支払うことができるか、伺っています。
Q1:仕事や学校がお休みの日には、どのようなことをされていますか? 当てはまるものを3つまでお選びください。
- 選択必須

特に、この集団特有の傾向は無いように思われますが、第1回と比較して映画鑑賞が顕著に多くなっています。映像ベースの体験を好む方が認知しているが、重厚なストーリーを好む方からの棄却率が高い、という仮説が立ちます。また、ゲームが多くなっていますが、これはポケポケの影響があると思われます。
Q2:あなた自身の趣向についてお伺いします。お休みの日は、どのような過ごし方をされたいですか? 当てはまるものを選択してください。
- 順番ランダマイズあり(表示される縦方向の項目の順番が人によって異なるため、前の項目の影響を抑えることができます。今回は、相対する項目が複数あるため、ランダマイズを実施しています)

左から、「当てはまる」「やや当てはまる」「やや当てはまらない」「当てはまらない」という回答の数を集計しています。第1回と、大きな傾向の違いはありません。しいて言えば、「体感物価」が年率15%で上昇する中で、今回の調査対象の集団では節約志向が伸びていない、というのが1つのポイントだと思われます。イマーシブという言葉を聞いたことがあるけれども、行ったことが無い、という方は、元から節約志向が強い傾向にありますが、その強さに変化はありませんでした。
Q3:あなたは、趣味や余暇に1か月あたり、どの程度のお金を使っていますか? 過去3か月の平均金額をお答えください。ご家族と行動を共にされている場合は、ご家族分も含めた金額をお答えください。
- 選択必須

第1回と比較して、大きな変化はありません。10万円より大きい額を選択された方の人数が減っていますが、もともとの数が少ないため、誤差レベルだと考えられます。月に1万円を超える支出をされる方は、43%。2万円を超える方は25%。決して多くありませんが、イマーシブ施設の一般的な価格水準であれば、国内にも十分な数の潜在体験者がいると思われます。
Q4:あなたは、「イマーシブ」体験ができる施設やイベント、サービス等を利用しようと検討したことはありますか?
- 選択必須
- 選択肢: 「検討したことがある」、「『行ってみたい』と思ったことがある」、「『行ってみたい』と思ったこともない」

検討したことがある方は15%で、第1回から微増という結果でした。一方、「行ってみたい」と思ったことがある方は微減。「行ってみたい」と思ったこともないが微増程度でした。大きな変化はないことから、多くの人が行動を移すための十分な活性化エネルギーを与えるだけの、インパクトのある施設や施策、広告などは無かったことがわかります。
Q5:これまで、あなたが「イマーシブ」体験をしたことが無い理由として、当てはまるものを全てお選びください。
- 選択必須
- 項目ランダマイズあり

第1回と比較しますと、「自宅の近くにないから」が減少し、「日程・時間が合わないから」、「混んでいそうだから」が大きく伸びています。イマーシブ・フォートは、完全予約制に移行して、待ち時間が発生することは無くなっているのですが、「新しい体験」と言えば混んでいそう、というイメージが付きまとってしまっているのかもしれません。イマーシブミュージアム系も、時間指定があったり、既に落ち着いたりしていて、混乱するほどの混雑はありませんが、イメージが先行している模様です。
Q6:以下の体験の中で、実際に体験してみたいと思うものを全てお選びください。
- 選択必須

第1回と比較しますと、「空間に広がる展示作品の中に入れる美術館」が大きく伸びています。イマーシブの概念として、ミュージアム系、特にチームラボのような空間芸術系、インスタレーションが認知され、そうした施設がSNSで広く拡散されることで、頭の中にイメージが形成できているものと思われます。イマーシブと呼称されるべきものかどうか、という議論はありますが、インスタレーションが1つのトレンドになっている、ということは言えると考えられます。
Q7:以下の体験に対して、いくらまで支払うことができますか? 数字でお答えください
あなたが物語の登場人物の一人となって、セットの中を動き回り、役者とコミュニケーションを取りながら観る演劇
・上演時間: 90分
・役者: 15人 いずれもプロの役者
・観客: 60人
- 自由記述

第1回と比較して、1,000円も払えない方、2,001~5,000円と回答する方が増え、10,000円より多く支払えると回答した方は、大幅に減少しました。この内容で、5,000円を切ることは、コスト的に厳しいと考えられますので、成立する層は非常に少ないことがわかります。特に10,000円を上回る場合、極めて少ないターゲットに、適切にアプローチする必要があります。
結論
イマーシブ・フォート東京の開業から1年以上を経ても、イマーシブという言葉の認知は、大きく広がったわけではないことがわかりました。イマーシブ・フォートは、精力的に客数を増やす施策を打ちましたが、爆発的に認知を広げるようなものではなく、特定のIPやイベントが好きな層をターゲットに、少しずつ地道に認知を広げる活動でした。その詳細は、下記ページにまとめています。
それ以外の施設についても、イマーシブ・フォート東京の開業当初こそ、イマーシブという言葉を積極的に使う流れが見られましたが、最近では「体験型エンターテイメント」など、より分かりやすい言葉で置き換える動きもあります。こうした影響によって、イマーシブという言葉が徐々に記憶から抜け落ちるフェーズに入っていると思われます。
イマーシブという言葉がマーケティングワードとして機能していないことがわかってきましたので、今後は何らかの言いかえが重要だと考えられます。英語圏のエンターテイメントでは、今でもimmersiveが1つのキーワードですが、国内ではそうした体験を総括できるキーワードを失いつつあります。それぞれの体験が、体験の中身によって評価される、ある意味まっとうな状態で、厳しい環境にあります。こうした状況を乗り越えて、イマーシブな体験がエンターテイメントの主軸となり、多くの人に感動と興奮をもたらすことを願います。
引用方法
引用時は、下記を明記してください。
Yu Shioji, J. Amusement Park (2025) 250016.
利益相反
本稿に関わる利益相反はありません。
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