ローラーコースターを思いついたのは誰?

Author: Yu Shioji (塩地 優)
Article type: Outreach(アウトリーチ)
Article number: 240001

鉄道のようで鉄道じゃない、クルマのようでクルマじゃない乗り物、ローラーコースター(ジェットコースター)。誰が発明したのでしょうか。

思いつくきっかけになった乗り物も含めて、ローラーコースターの歴史を考えてみましょう。

 

ローラーコースターを考えた人物

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ローラーコースターという乗り物を思いついたのは、ラ・マーカス・アドナ・トンプソンという人物です。アメリカ合衆国のオハイオ州ジャージーという場所で、1848年3月8日に生まれました。10人兄弟の8番目だったそうです。

ジャージーというと、ジャージー牛を思い浮かべてしまいますが、ジャージー牛の原産はイギリスのジャージー島という場所です。ですが、このオハイオ州のジャージーでも酪農、つまり、牛乳や、その加工品であるチーズやバターなどの生産が盛んでした。そんな町で、マーカスの両親も酪農を営んでいました。

工作が好きだったマーカスは、12歳くらいの頃に、お母さんのためにバターを作る機械を作ったり、あるいは牛車を作ったりしました。おもちゃを作るのも好きで、クロスボウ(弓矢)や台車を作っていたそうです。

そんなマーカスは、27歳の頃に、縫い目のないストッキングを発明します。破れにくいですし、見た目にも良いので、当時としては画期的だったようです。これが大当たりし、34歳の頃には年間25万ドル、今の価値で7.7億ドル ≒ 1,000億円を売り上げるようになります。ただ、業務の急拡大は彼の健康を害してしまい、同じころにその仕事をやめて、休養に入りました。

表舞台に戻ってきたのは、36歳の時。ニューヨークのコニーアイランドという、海岸沿いの地域にローラーコースターの元祖となる乗り物、「グラビティ・スイッチバック・レイルウェイ」を作りました。これがまた大ヒット。1回の乗車賃が5セントなのに、1日の売り上げが600ドルだった、つまり、1日に12,000人もの人が乗車したことになります。長い時では3時間待ちの行列もできたそうです。

彼はその後、様々なローラーコースターを生み出しますが、やはり健康状態が思わしくなくて、67歳の時に引退します。その後、1919年5月8日に71歳で亡くなっています。

 

世界初のローラーコースター

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世界初のローラーコースターは、非常にシンプルな構成でした。乗り場で乗客が乗り込んだら、いくつかの山を越えながら真っすぐに坂を下っていきます。一番下まで行ったら、マッチョな人たちが上まで押し上げる。その先に下の図のようなポイントがあって、まず赤線のように進んで、ポイントを切り替えた後に青線の方向に進むことで、隣の線路に移りました。その後、行きと同じような帰りのコースをくだっていったのです。

なぜこんなシンプルな乗り物に、人々、しかも大人たちが殺到したのか、というのを少しだけ考えてみましょう。この乗り物が作られたのは、1884年。蒸気機関車は当たり前のように存在していましたが、道路上にはまだ馬車がいた時代です。蒸気機関車は平坦なところを走りますから、高速でアップダウンのある所を走る乗り物というのは、存在しなかったのです。そんな時代に、景色が大きく変化する中で、速度を感じながら重力も変化するという乗り物が初めて登場したので、大人気になったのです。

もう少し簡単に考えると、滑り台の途中に上り坂があって、しかもそこで止まってしまわなければ楽しいよね、ということです。実は、この時代は滑り台も今ほど一般的ではなくて、もう少し後の時代、20世紀に入ってからも、遊園地の滑り台に大人たちが行列を作っている写真が残っています。

 

ローラーコースターを思いついたきっかけ

では、マーカスはどのようにしてローラーコースターを思いついたのでしょうか。きっかけになったのは、彼がストッキングの会社をやめて休養していたころです。この時、静養のために訪れたモークチャンクという場所で、ローラーコースターの原型となる乗り物に出会います。

それが、モークチャンク・スイッチバック・レイルウェイという鉄道。もともとこの場所では、石炭が掘られていました。石炭というと、坑道(トンネル)を掘って、そこから小さなトロッコに石炭を積んで地上に運ぶ、というイメージがあるかもしれませんが、ここは違います。露天掘りと言って、地面に大きな穴を掘るようなイメージで、坑道はありませんでした。

石炭の採掘場が山の上にあって、石炭を街まで運ぶための鉄道は、山のふもとの川沿いまで来ていました。ですから、掘った石炭は鉄道に乗せるために、山から下ろす必要があります。このために敷設されたのが、スイッチバック・レイルウェイなのです。鉄道と言っても、機関車はありません。石炭を積んだ台車(と言っても、普通の鉄道の客車のように大きなものです)が坂道を転がり落ちていくのです。帰りは、当初はラバを使って引っ張っていましたが、後に蒸気機関を使って、ロープにくっついた台車が押し上げる方式に変わっています。

このモークチャンク・スイッチバック・レイルウェイ、あきがあると鉱山の人たちが乗って遊んでいたのですが、その楽しさがお金になるとふんで、観光客向けの商売を始めます。

A car near the Five Mile Tree crossover bridge.

客車を用意して、それに観光客を乗せて走らせたのです。この商売は、石炭鉱山が閉山した後も続けられて、それだけで採算が取れるほどに人気となりました。

この人気と楽しさに目を付けたマーカスが、真似をする形で、ただし、街中に作るために、山を走らせるのではなくて人工的にレールに起伏を付ける形で、ローラーコースターを作ったのです。

 

ローラーコースターのアイデアの種

歴史としては、つながりがあるのはここまでです。これより古い時代のものを「ローラーコースターの原型」と呼ぶこともありますが、マーカスがそれらを参考にしたわけではないと思われますので、現在のローラーコースターと直接的な関係はありません。

ただ、もう少し発展していればローラーコースターになっていたのではないか、というようなものはいくつかあります。

例えば、15世紀~16世紀にかけて、サンクトペテルブルクで流行した氷の山。人工的に作られた氷の坂を、氷の塊にわらを敷いたものに乗って滑っていました。ほとんどただの滑り台ですが、山を人工的に作って、そこを道具を使って滑った、という意味でローラーコースターの原型と言われています。

これがフランスに伝わって、サンクトペテルブルクほど寒くないフランスでは、坂を車輪のついたソリで滑る遊びに変化しました。サンクトペテルブルクから伝わってきたため、「ロシアの山」と呼ばれます。さらに、フランスではこれが発展して、上下反転する垂直ループを備えるコースまで作られてしまいます。ですが、このロシアの山の進化はここで止まってしまいました。

次に車輪で坂を下る乗り物が流行したのが、マーカスのスイッチバック・レイルウェイなのです。

 

より詳しく知りたい方は

ローラーコースターの誕生について、さらに詳しく知りたい方は、以下の3つの記事をご参照ください。

ローラーコースターの歴史1 - ローラーコースター誕生の文化的背景
ローラーコースターは1886年に生まれたとされますが、それより前にもローラーコースターっぽい乗り物はありました。その詳細と、そのような乗り物が生まれた時代的・文化的背景を考察していきます。
ローラーコースターの歴史2 - 鉄道からローラーコースターへ
まだ現代型のローラーコースターが発明される前は、貨物運搬用のすべり台や鉄道に乗ってスリルを味わっていました。そこには現代にも通じる驚くべき技術が使われていましたので、そのあたりを歴史の流れとともにご紹介。
ローラーコースターの歴史3 - ローラーコースターの誕生
現代型ローラーコースターを世界で初めて作った人は、一体何を求めて作ったのか。人々にどういう体験をさせようとして作ったのか。「ローラーコースター欲」の原点に立ち返り、ローラーコースターの本質を考えます。

 

引用方法

引用時は、下記を明記してください。

Yu Shioji, J. Amusement Park (2023) 240001.

 

利益相反

本稿に関わる利益相反はありません。

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