※この記事は、The Park Databaseに掲載された記事の和訳版です。なお、一部の画像やグラフは、The Park Databaseの記事にしか掲載されていません。
Author: Yu Shioji (塩地 優)
Article type: Review(解説)
Article number: 240026
日本の遊園地は、新たな展開を見せることができずに、90年台中盤以降一貫して減少傾向にあったが、2010年台以降は減少ペースがやや鈍化、2020年台に入ると、新たな潮流が見え始めつつある。少子高齢化や、膨大な国債残高などの課題が山積し、課題先進国と言われる日本における遊園地減少ペースの変化をもたらした原因を解析することは、今後同様の課題に直面するであろう日本以外の遊園地にとって、参考となる可能性が高い。ここでは、遊園地の減少を食い止めている要因のうち、遊園地の再生という切り口から過去のトレンドを振り返り、最近の新たな潮流を概観する。
2010年台までのトレンド
下記のグラフは、Roller Coaster Database(https://rcdb.com)に掲載されている、ローラーコースターを1つ以上設置したことがある遊園地のうち、同時期にローラーコースター以外の乗用遊具を4つ以上設置していた遊園地の数を年台に対してプロットしたものである。日本の遊園地は、第二次世界大戦後、高度経済成長期へと向かう1960年台から1970年代前半に多くが作られてきた。これらは、その多くが古典的な遊園地であったが、中には宝塚ファミリーランド(1911年開業だが、1960年と67年に大規模リニューアル実施)や横浜ドリームランド、奈良ドリームランドなど、1955年アナハイムに開園したディズニーランドを模倣したものもあった。その後、一時停滞する時期を経て、リゾート法と呼ばれる保養地整備のための税制・資金支援策により、第三セクターと呼ばれる官民共同出資の形で、1980年台後半から1990年代にかけて、急速にその数を伸ばした。東京ディズニーランドは1983年に開園しているため、これらの遊園地は、その多くが東京ディズニーランドを様々な側面で模倣したり、あるいは意識的に異なる路線を歩もうとするものであった。
1990年台には、すでに日本は不景気に突入し、その不景気は2020年台まで続くことになる。この不景気により、多くの遊園地は窮地を迎える。この時期に無くなってしまった遊園地の多くは、明確な対策が打たれることなく潰えていったが、一部の遊園地では再生策がとられることもあった。再生時には運営主体が変更されることが多く、例えばルスツリゾートを運営する加森観光は、もともと異なる会社が運営していた姫路セントラルパークやスペースワールド、登別マリンパークニクスなどの運営主体を担った。当時、会社規模を急拡大していたこともあって、加森観光の再生方針は主としてコストカットによるものにとどまり、特にスペースワールドでは効果的な魅力向上策を打ち出すことができず、2018年に閉園に至っている(加森観光側は、経営難が理由ではないとしている)。また、ハウステンボスやラグナシアは、旅行会社であるH.I.S.が運営主体を担った。こちらは、コストカットとともに、旅行商品化による本業との相乗効果を狙った。これらも一定の成果を上げたものの、ハウステンボスはコロナ禍の苦境もあって、売却されている。このように、日本における遊園地の再生は決してうまくいっているとは言い難い。古い遊園地が無くなり、新しいテーマパークが作られるという新陳代謝は一定数あるものの、200年以降、全体としては一貫して減少傾向にあった。
人材の流動性
日本の遊園地市場の特徴は、大手テーマパークの比率の高さにある。年間入園者数が1,000万人を超えるテーマパークが、日本には東京ディズニーランド、東京ディズニーシー、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの3つある。対して、ローラーコースターが2つ以上ある遊園地は、Roller Coaster Database(https://rcdb.com)によると43か所である。その比率は、3/43で7.0%である。人口1,000万人当たりでは、0.25個となる。米国では、同じく1,000万人を超えるテーマパークは、年によって異なり、およそ7~8か所である。ディズニー、ユニバーサル系列をすべてカウントしても、9か所である。ローラーコースターが2つ以上ある遊園地に占める割合は、9/120で6.4%である。人口1,000万人当たりでは0.27個となる。つまり、日本には、米国並に大規模テーマパークが存在する。この比率で大規模テーマパークが存在するのは、世界でも米国と日本のみである。
日本の大規模テーマパークは、アトラクション開発・設計を主として米国で行っているため、アトラクション開発にかかわる人材は多くない。他方で、東京ディズニーリゾートは、ディズニーパークの中では世界で唯一、ディズニーがオペレートしていない。日本の会社であるオリエンタルランドがオペレートしているため、古くからマーケティングやオペレーションにかかわる人材が輩出されてきた。こうした人物が、日本のテーマパークや遊園地に現代的なオペレーション、経営術を持ち込んできた。 こうした状況が一変したのが、2018年頃のことである。大阪市を含む官民共同出資により設立されたユニバーサル・スタジオ・ジャパンは、開業後、徐々に来園者数を減らし続け、窮地を迎える。2005年にゴールドマン・サックスの手によりテコ入れされ、底を脱すると、2011年頃、P&Gから招へいされた森岡毅氏らの手により、V字回復を遂げる。この時のストーリーを森岡氏が執筆し、3冊の本が2016年に刊行された。これらの本が話題となった後、森岡氏はUSJを退社、株式会社刀を立ち上げる。刀はマーケティングコンサルティング企業であるため、テーマパークや遊園地以外の業種の支援も行っているが、2018年に支援を開始したネスタリゾート神戸を皮切りに、西武園ゆうえんち、ハウステンボスなどの支援を行うとともに、イマーシブ・フォート東京を立ち上げている。なお、余談ではあるが、ゴールドマン・サックスがUSJのテコ入れを行った際のストーリーは、鈴木大祐氏がNews Picksというアプリで公開している(https://newspicks.com/news/7821474/body/)。
人を使うイマーシブの潮流
刀の手法は、USJで培われたものである。アトラクション開発のノウハウは、モーションシミュレータの動作などを除いて、日本のUSJでは得られない。日本国内で得られるのは、ハロウィン関係などのイベントやショーなど、人を使った演出が主体となるアトラクションに関してのみである。このため、刀が製作するアトラクションは、モーションシミュレータや、人を使ったアトラクションが多い。
刀の実績の中で、ネスタリゾート神戸は少し異質である。もとは年金福祉事業団が保有、運営していた保養施設であるため、宿泊に主眼が置かれていた。刀はこれを、日帰りを中心とした、ジップラインやBBQなどが楽しめる施設に転換することで、少ない投資額で業績を回復させることに成功している。
続いて刀が手掛けた大型案件が、西武園ゆうえんちである。Brogent製のフライングシアターに、ゴジラなどの日本産IPを組み合わせることでメインアトラクションとするとともに、「昭和30年台」(1950年台後半~1960年台前半の高度経済成長期)をテーマとすることで、日本に活気があった時代のノスタルジーと熱気を再現している。園内に商店街が再現され、商店街では、キャストが演じる様々な住人が、随時アトモスフィアショーを繰り広げる。USJで培われたイマーシブ的手法を、その他の遊園地に展開した事例で、USJの元関係者が直接的に常設で展開したのは初である。
また、レストランは鉄道の食堂車風に改装され、店内では走行音が流れるとともに車窓も映像で投影。メニューも食堂車に近づけることで、没入感の高いレストランとしている。加えて、このレストランではイマーシブ・シアターも開催される。園内の通貨を独自通貨にすることで、没入感を高め、かつ客単価を上げる試みも行われたが、利便性の観点から後に撤回されている。
ハウステンボスにおいては、ユニバーサルのハロウィン・ホラーナイトに似たハロウィン・ホラーイベントを開催。また、新規のシミュレーションライドも導入している。もともとオランダをテーマにしたパークだったものを、「欧州」に拡大解釈し、ターゲット層を広げる戦略をとり、また、ミッフィーをテーマにしたエリアを新設することで、ファミリー層にもターゲットを拡大しようとしている。
米国でもユニバーサル・スタジオのハロウィン・ホラー系アトラクションを切り出した、単体アトラクションがラスベガスに設置されるが、日本では、事実上USJのハロウィン・ホラー系アトラクションを切り出した施設が、すでに刀によって作られている。それが、イマーシブ・フォート東京である。これは閉鎖されたショッピングモールを期間限定で借りて営業しているものである。刀は、イマーシブ・シアターを複数有するテーマパークとして世界初だと宣伝している。2つのイマーシブ・シアターに加えて、謎解きやホラーメイズ、ホラーゲーム、映像ベースのウォークスルーアトラクションなどが設置され、加えて住人によるアトモスフィアショーという、西武園ゆうえんちで培われた手法も展開された。イマーシブという決して広く認知されてはいないワードを使って宣伝したこと、テーマパークと宣伝したにも関わらずライドアトラクションが存在しないことなどに起因して、集客は決して好調とは言えない状況であるが(https://j-amusementpark.com/immersive-fort-sc/)、従来の日本産テーマパークと比べるとコンテンツの質は高く、意欲的なパークである。
刀は、2025年には沖縄にJUNGLIAという大型テーマパークを開業する計画も有している。沖縄特有の自然を楽しむテーマパークで、年間約350万人が来場する美ら海水族館の近くに建設されている。年間来場見込み数と、売り上げ見込みから客単価は高額になる、リゾート型のテーマパークになると推定されている(https://j-amusementpark.com/junglia-feasibility/)。
こうした刀の取り組みもあって、特にハロウィンの時期に、人を使ったイマーシブ的イベントが日本の遊園地でも広がりを見せている。日本最大のローラーコースター数を誇るナガシマスパーランドでは、ナガシマゾンビアイランドとして、ゾンビが園内を徘徊するイベントを開催している。「戦慄迷宮」が世界最長のホラーハウスとしてギネスブックに登録されたこともある富士急ハイランドでは、特定日限定ではあるが、屋外で長大なホラーメイズ的イベントを開催している。また、サンリオピューロランドは有名なコメディアンを多数起用したイマーシブ・シアターを開催した。このように、日本でも人を使ったイマーシブ・シアター的手法と遊園地との組み合わせが1つのトレンドになりつつある。
マーケテイングの進化
刀が日本の遊園地業界にもたらした、もう1つの大きな変化が、マーケティングである。刀の代表である森岡氏は、米国P&Gでマーケティングを担当していた、データ駆動型マーケティングの専門家である。森岡氏は著書で、マーケティングにおいて重要なのは、市場一人当たりの購買発生確率である”M”を大きくすることであると繰り返し述べている。さらにその手段として、同一人物の購買数を増やすのではなく、購買者数を増やすことの重要性を説いている。
具体的には、USJを映画のテーマパークから、高品質なエンターテイメントのテーマパークへと、概念を拡張した。加えて、ファミリー層向けのアトラクションを増設したり、日本の人気IPを活用したりすることで、ターゲット層を拡大した。ハウステンボスでは、オランダの街並みをち密に再現したテーマパークでありながら、その概念を欧州へと拡張し、ミッフィーをテーマにしたファミリーエリアの導入も計画している。このように、テーマを広くとらえることにより、ターゲットを絞りすぎない戦略は、世界的にファミリーコースターが流行するなど、日本に限った潮流ではないと考えられるが、例えば富士急ハイランドが従来は何らかの世界一を有する、圧倒的な規模の絶叫マシンを導入していたのに対し、2023年にIntaminのファミリーLaunchコースター、ZOKKONを導入したように、誰もが楽しめるコースターを導入する戦略に転換、後述するよみうりランドでは植物園など従来の遊園地とはターゲットが異なる施設を増設するなど、少なからず影響を与えているものと思われる。なお、富士急ハイランドは2018年に顔認証システムを導入し、各個人に紐づく形で行動をトレースできる、パーソナルデータを収集できるようになっている。
また、森岡氏やUSJが遊園地業界に与えた最大の功績は、チケット料金の値上げである。USJはV字回復を遂げる際、同時進行で31%もの値上げを行っている。これに追随する形で、東京ディズニーリゾートも大幅な値上げに踏み切った。2001年から2011年までの値上げ幅が20%に満たないのに対し、2011年から2021年の10年間では、40%もの値上げを行っている。さらに2021年から現在までのわずか3年で、25%の値上げを行っている(混雑期)。デフレから脱却しきれていない日本において、サービス内容を変更せずにこれだけの値上げを行っているのは、テーマパーク業界だけである。こうした値上げと、それでも好調を維持し続けるUSJ, 東京ディズニーリゾートに背中を押されたように、各地の遊園地でも値上げが相次いだ。コロナ禍以降はエネルギー費の高騰や人件費の高騰に苦しむ遊園地も多く、値上げによる売り上げ増は、そうしたコスト増に相殺されている側面もあるが、コスト増が発生する前に値上げの地合いが整っていたことは、多くの遊園地を救ったはずである。
その他の生き残り策
再生を担当した人の名前と実例がともに示された再生の例というのは非常に少ないが、その事例の1つに広島県の遊園地、みろくの里がある。オリエンタルランド、USJの2社で、主としてアトラクションメンテナンスや安全管理を担当した清水群氏が、みろくの里の代表取締役副社長に就任し、様々なテコ入れを行っている(https://blog.mirokunosato.com)。みろくの里は、地場の海運企業であるツネイシが運営する遊園地で、広大な敷地の中でも、昭和30年代の風景をリアルに再現した「いつか来た道」が人気を集める施設である。ここでの再生は、極めて地道な策がとられている。授乳室のリニューアルや、キャッシュレス決済対応など、ネガティブな印象を取り払う取り組みや、スタッフの意識改革のための服装規定改定などが行われている。
遊園地再生のストーリーとして日本で有名なのは、よみうりランドである。よみうりランドは、大手新聞社やテレビ局を抱える読売グループに属し、経営母体が公営ギャンブル施設も運営していることから、会社基盤は盤石である。しかしながら、遊園地の来園者数は、一時期、年間60万人程度まで落ち込んでいた。東京圏の同規模の他の遊園地と比べて半分程度である。この状況を打破したのが、冬季のイルミネーションである。日本においては、遊園地全体規模のイルミネーションイベントの先駆けとなった「ジュエルミネーション」が2010年から開始された。遊園地の圧倒的なスケール感、丘陵地の立体感を活かした電飾が評判を呼び、年々来園者数が増加、2014年には年間140万人程度まで来園者数が増加する。さらに、2015年、日本の様々な企業の商品をIPとして取り入れた、「グッジョバ」エリアをオープン。10機種以上のアトラクションを一度にオープンさせた。この新エリアは、子供をメインターゲットに据えているが、テーマエリアとしての完成度も高く、商品に興味を持つ大人にも訴求できている。さらに、同時にスポンサー契約が確実に結べるという利点も生み出した。グッジョバの開業により、年間来園者数は200万人弱まで向上。グッジョバエリアは2021年にさらに拡張されている。加えて、天然温泉の温浴施設、植物園を新設し、今後も水族館を増設する予定である。温浴施設は高めの年齢層、植物園は主として激しいアトラクションが得意ではない層をターゲットとしていて、従来の遊園地からは大きく客層を広げる戦略をとっている。
結言
ここまで見てきたように、日本の遊園地は、従来の遊園地としての概念、あるいはテーマパーク新設時のテーマの殻に閉じこもっていると、じり貧に陥ってしまう状況にある。そこで、これを脱するために、ターゲットや、興味を持ってもらいたい客層を広げるような戦略をとること、加えて、その戦略には人や低コストなものを中心に使うことで、低コストかつ機動的な戦略として、その後の投資の原資を稼ぐこと、が鉄則になりつつある。既に他国でも一般的になりつつある手法ではあるが、本稿が課題先進国特有の苦境と、それに立ち向かった遊園地、あるいは立ち向かうことに失敗した遊園地を調査し、各国の遊園地が同じ状況に陥らないような戦略を立案する、その端緒となれば幸甚である。
引用方法
引用時は、下記を明記するとともに、元記事へのリンクを記載してください。
Yu Shioji, J. Amusement Park (2024) 240026.
利益相反
本稿に関わる利益相反はありません。
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