「ジャングリア沖縄」見落とされがちな失敗因子#4 雇用

Author: Yu Shioji (塩地 優)
Article type:
Outreach(解説)
Article number: 250009

2025年7月、沖縄に新たなテーマパーク「ジャングリア沖縄」がオープンする。P&Gで培った、数学的なマーケティングのスキルを活用して、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンを経営危機から救い、V字回復。万年赤字だったグリーンピア三木をネスタリゾート神戸に転換して黒字化、西武園ゆうえんちのリニューアルを行って集客増、お台場にイマーシブ・フォート東京を開業など、テーマパークに関わる様々な実績で知られる森岡毅氏が率いる株式会社刀。その刀が、長年温めていた沖縄テーマパーク事業を、ついに具現化する。実績を見ると、失敗の要素が無い事業のようにも思えるが、本当なのだろうか。落とし穴はないのか、地元の懸念なども踏まえてみていこう。

第3回は、集客の懸念を考えた。第4回の今回は、雇用が地域にもたらす影響を考える。

この解説は、一般誌寄稿用原稿に、大幅に加筆修正したものです。文体が通常と異なること、正確性よりわかりやすさを重視していることをご了承ください。

UnsplashJen Theodoreが撮影した写真
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熊本では、半導体工場新設の余波で病院、薬局、飲食店などの撤退も

雇用は、地域に大きな影響をもたらす。雇用が増えれば、労働者は多くが喜ぶし、地域経済も活性化される。賃金が上昇すれば、その効果はブーストされる。他方で、雇用が増えれば人手不足となり、賃金上昇に耐えられない企業や商店が廃業に追い込まれることもある。資本主義社会では、これは単なる淘汰だが、一部に必ず禍根を残すし、それが蓄積すれば、大きなうねりとなる。

理想的な形は、大規模な雇用を行う企業が、地域の求職者を吸収し、それ以外は離れた地域から人員を連れてくることだ。すると、移住者が増えることで地域経済も潤い、地域と企業が共存共栄となる。が、ことはそう単純ではない。他地域から労働者を呼び込むためには、一般に他地域よりも高い賃金水準が必要となるし、そうした高い賃金水準を提示すると、地元企業から人材を奪うことになるからだ。

ジャングリア沖縄に近い最近の事例として、TSMCの熊本工場の例を見てみよう。ジャングリア沖縄の雇用者数は、1,700~1,800人程度になると予想される[1]。対して、TSMCの熊本工場は、第1工場が1,300人、第2工場稼働で3,400人となる[2]。第2工場は計画が遅れていて、現在は第1工場のみが稼働している状況だ。TSMCの熊本工場がある菊陽町は、人口4.5万人で、名護市の6.5万人に近い。ただし、菊陽町は1時間の通勤圏に、人口70万人の熊本市がある。

そんな菊陽町では、例えばラーメン店が時給上昇に耐えられず、撤退する[3]など、人手不足の状況におかれている。あわせて地価も上昇し、賃料が払えず、撤退する病院や薬局も出ている[4]。

時給は、決して高くない

ジャングリアに関しては、サプライヤーが近くに拠点を構える必要が無いため、地価上昇は限定的だろう。職住近接を目指さざるを得ないため、住宅用地の地価上昇は懸念されるが、もともとの賃料が県全体と比べて低水準[5]のため、強烈なインパクトにはならないと予想される。最大の懸念は、人手不足だ。まず、ジャングリア以前の名護市周辺の状況を見てみよう。

名護市周辺の有効求人倍率は、従来、全国と比べれば低いものの、沖縄全体と比べれば高い状況にあった[6]。現在に至るまで、有効求人倍率は伸びていない[7]。ジャングリアは、ハローワークに頼らない採用を行っていると思われる。ジャングリアが開業していない現在、地元経済への貢献は微々たるものだと考えられるから、この傾向に不思議はない。

ジャングリアでは、アルバイトへの住宅提供は無い。したがって、アルバイトは多客期の一時雇用や、学生、兼業などを想定していると考えられる。他地域から人を呼び込む際、中心になるのは、契約社員だ。月給は22万円の固定制で、残業代は別途支給。平均月勤務時間が163時間のため、時給に換算すると1350円だ。アルバイトは1,100円~で、ボーナスを除けば大きな違いはない。なお、年間賞与は、正社員の場合は基本給の3か月分が1つの目安になると思われる(年収例からの推計)。契約社員も同水準であれば、換算時給は25%増しになる。

名護市周辺に限ってみれば、アルバイトの1,100円という値が1つの基準となる。沖縄県の最低賃金は、952円だ。名護市周辺の求人は、1,000円程度のものが多い。これと比べれば、ジャングリアは、やや高い水準にある。ただし、1,900円などの高単価を連発したTSMCの熊本工場と比べれば低単価のため、地域への影響は小さい。逆に言えば、好待遇を出さずに必要な人材を獲得できるのか、心配な水準だ。

雇用数には下限がある

今後、十分な人材獲得ができなければ、時給を引き上げる可能性もある。実は、ジャングリア沖縄は資金を調達する際、雇用者数が一定数を下回ると、金利が上昇する契約を結んでいる[1]。つまり、債権者に対しては、今後20年間、一定の雇用を維持すると約束しているようなものだ。今後の資金調達を考えれば、これを破ることはできない。何が何でも、一定の雇用を確保する必要がある。

いきなり時給を引き上げるとは考えにくいが、どの程度の賃金が必要になるのか、一応、考えてみよう。遊園地・テーマパークは、従来、人が集まりやすい職場だった。働きがいを見出しやすいことから、特にアルバイトには人気の高い職種で、近隣に大学が多いなど、アルバイトの供給力に問題が無い場合、最低賃金付近の時給設定になる場合が多い。それでも、都市部では採用競争に見舞われ、例えばよみうりランドは1,170円、ひらかたパークは1,200円を最低時給としている。近隣に大学などがない地域では、特に繁忙期のアルバイトが不足することが多い。例えば志摩スペイン村パルケエスパーニャは、通常期1,050円に対して、繁忙期は1,220円~を提示している。また、短時間の勤務となる場合は、通常期でも1,300円~1,400円を提示している。

周辺のサービス業はどうだろう。リゾートバイトの募集状況を見ると、個室寮完備、未経験OKの条件で、1,200円~1,350円程度の求人がある。これと比べても、ジャングリアの条件は見劣りしている。

ジャングリアまで車で1時間以内に通勤できる地域には、12万人もいない。そのうち、生産年齢人口は、沖縄県全体と同じ割合だと仮定して、7万人程度だ。パートタイマーと契約社員あわせて1,300人というのは、その2%に相当する。半数を他地域から契約社員として雇用しても、1%を地元地域から探す必要がある。不可能ではないが、現実的ではない数字だ。

以上を鑑みれば、雇用者数を充足するためには、最低でも1,500円+寮は必要だろう。繁忙期には、さらなる時給アップが必要になるかもしれない。そうすると、ただでさえ人が集まりにくい、北部地域のサービス業には極めて大きな影響を及ぼすことになる。

正社員の給与も高くない

正社員の給与水準は、最下層で300万円~、小さなグループのリーダー格で500万円~、グループリーダー格で約520万円~だ。名護周辺の平均給与が300万円前後であると思われるので、特に一般層は、決して良い水準ではない。また、同じ職種の複数階級で募集をしているため、例えばリーダー格を希望して応募しても、採用側が一般層で採用することを決める、といったこともあり得る。内定提示の段階で、齟齬を生じる可能性のある採用方法だ。

テーマパーク業界の中でも、賃金水準は高くない。東京ディズニーリゾートを運営する、オリエンタルランドの場合、社員の給与は、管理職を除く平均値で600万円程度だ[8]。ここには、ジャングリアの契約社員相当の正社員が含まれるため、いわゆる総合職の平均給与は、管理職を除いてももっと高い。

ジャングリアは、当初、北部地域の貧困への対策も、ミッションとして掲げていた。しかしながら、ふたを開けてみれば地域の給与水準に合わせた給与体系になっている。雇用の機会は与えられるが、決して給与水準を大きく底上げするような額ではない。地域との摩擦は生まれにくいが、今後、人材獲得難に陥った場合に給与が上昇し、人材争奪戦に陥る可能性はある。

地域との摩擦と人員確保の両立は、険しい道

ここまで見てきたように、労働者人口の少ない地域で、労働集約型産業を立ち上げようとしている。しかも、給与水準は周辺の水準を大きく上回るものではない。現状で心配されるのは、必要な数の人員を確保できるかどうかだ。確保できなければ、当然ながら運営に支障をきたし、特に顧客満足度に大きく影響する。

十分な人員を確保するためには、将来的に給与水準を引き上げていく必要が出るだろう。しかしながら、労働者人口の少ない地域で、給与水準を引き上げて労働者を集めても、それは単に他の企業から引き抜くだけで、人手不足を加速させる。各社が人件費の価格転嫁を行いながら、給与を上げ続ければ、ローカルなスタグフレーションが発生する。労働者不足を解消できなければ、パイの奪い合いに終始してしまうためだ。労働集約型産業であるテーマパークにとって、人件費の上昇は死活問題だ。特に、ジャングリアは損益分岐点が高い[1]から、固定費となる人件費の上昇は避けたい。地域にとっても、ジャングリアにとっても、人員を集めるための給与引き上げ合戦は、良い結果をもたらさない。

そこで、いかにして県内他地域や、本土から労働者を集められるか、がカギを握る。単純労働者を多く必要とするテーマパークという業態で、かつ労働者が不足する地域に立地する場合、学生の長期休暇と重ならない時期の人員確保が難しい。学生の長期休暇の時期は、リゾートバイトなどの形で働き手を集めることができるが、それ以外の時期には、「沖縄北部に移住して単純労働がしたい」という想いを持つ人が必要になるためだ。単にテーマパークで働きたいのであれば、他のテーマパークを目指してしまうだろう。人を集めるには、給与に加えて、ここで働きたいと思わせる魅力が必要だ。ただ、それほどの魅力を示すことは、ディズニーやUSJなどの大手であっても難しい。

ジャングリアは、インターンなども活用しながら人員を確保していく、と言っている。ただ、そうした人材は、常に人員不足のホテル業界からも引く手あまただ。ジャングリアの人員確保は、当面の間、難航すると思われる。その結果として、安易な給与引き上げに手を出せば、地域との摩擦を生じる恐れもある。雇用をめぐっては、針の穴に糸を通すようなコントロールが求められている。

参考文献

[1] Yu Shioji, J. Amusement Park (2025) 250006.

[2] 産経新聞「設備投資7兆円規模、TSMC開所に沸く地元経済 人手不足で理系人材の奪い合いも」2025年3月7日閲覧
https://www.sankei.com/article/20240224-2JT4KFXHFJIMRNE4735ST54UKI/

[3] RKK 「「時給1300円でも人手不足」TSMC進出で賃上げ加速 菊陽町からラーメン店『天外天』も撤退 熊本のバイト事情」2025年3月7日閲覧
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/rkk/1467189

[4] RKK「TSMC周辺で地価高騰 “身近な病院・薬局撤退” 住民困惑「どこに行けば…」菊陽町に異変」2025年3月7日閲覧
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/rkk/1764860

[5] おきぎん経済研究所「おきぎん賃料動向ネットワーク調査(2023 年 )」205年3月7日閲覧
https://www.okigin-ei.co.jp/file/rent/rent_2023.pdf

[6] 沖縄労働局ハローワーク名護「令和2年度 名護市の求人・求職・就職状況」2025年3月7日閲覧
https://jsite.mhlw.go.jp/okinawa-roudoukyoku/content/contents/001097330.pdf

[7] ハロワのいろは「ハローワーク名護」2025年3月7日閲覧
https://www.hwiroha.com/area/Okinawa/Nago.html

[8] OLC Group 「社会関連データ」2025年3月7日閲覧
https://www.olc.co.jp/ja/sustainability/social/data.html

引用方法

引用時は、下記を明記してください。

Yu Shioji, J. Amusement Park (2025) 250009.

利益相反

本稿に関わる利益相反はありません。

コメント

  1. 匿名 より:

    熊本市の人口は170万人ではないと思います。改めてご確認したほうが良いかと思います。

    • 塩地優 塩地優 より:

      ご指摘ありがとうございます。
      失礼致しました。県人口を誤って記載しておりました。70万人に修正致しました。
      重ねまして、ご指摘ありがとうございました!

  2. 今帰仁村民 より:

    近隣でジャングリアより遥かに高い時給で求人出してますがなかなか来ないです。もちろんジャングリアに取られてる可能性もありますが、そもそも人がいないです。近くに名桜大学がありますが裕福な家庭が多くバイトしている学生め少ないですね。

    • 塩地優 塩地優 より:

      今帰仁村民様

      コメントをありがとうございます。

      やはり集まりませんか。
      名桜大学も学生数が2,200人くらいしかいませんし、アルバイトの供給源としては覚束ない数ですよね。そこからさらに、バイト率が低いとなると……。近くに遊ぶ場所が少なくて、お金を必要としていない、というのもあるのかもしれません。ジャングリアが、その遊ぶ場所になって、アルバイトしたい学生が増えてくれると良いのですが。

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