Author: Yu Shioji (塩地 優)
※当サイト内の論文・解説等は、すべて著者個人がデータ収集、解析、考察を行ったもので、いかなる文言も当会を代表するものではありません。
Article type: Outreach(解説)
Article number: 250013
2025年7月、沖縄に新たなテーマパーク「ジャングリア沖縄」がオープンする。P&Gで培った、数学的なマーケティングのスキルを活用して、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンを経営危機から救い、V字回復。万年赤字だったグリーンピア三木をネスタリゾート神戸に転換して黒字化、西武園ゆうえんちのリニューアルを行って集客増、お台場にイマーシブ・フォート東京を開業など、テーマパークに関わる様々な実績で知られる森岡毅氏が率いる株式会社刀。その刀が、長年温めていた沖縄テーマパーク事業を、ついに具現化する。実績を見ると、失敗の要素が無い事業のようにも思えるが、本当なのだろうか。落とし穴はないのか、地元の懸念なども踏まえてみていこう。
これまで7回にわたって、ジャングリアが足元をすくわれるとすれば、どのようなポイントがあるのかを考えてきた。最終回の今回は、足元をすくわれる可能性を減らすためには、どのようにすべきだったのかを考える。なお、第1回~第7回の内容は、ジャングリアのタグからご覧ください。
この解説は、一般誌寄稿用原稿に、大幅に加筆修正したものです。文体が通常と異なること、正確性よりわかりやすさを重視していることをご了承ください。

解は無い
最初に申し上げておくが、本稿に解は無い。沖縄北部に、大型テーマパークを作る、というのは制約が強い。それがアクティビティを中心としたパークとなれば、なおさらだ。ジャングリアをどうすべきだったのか、という議論に解を見出すのは、かなり難しい。
そこで、本稿では沖縄北部という制約も、大型テーマパークという制約も取り払い、沖縄県内にパークを作る、というおおざっぱな前提だけを残すことにする。その前提のもとに、成立し得る形態はあるのかどうか、考えてみよう。
カジノなどを含む複合リゾート
カジノは、おそらく刀も喉から手が出るほど欲しかった施設だろう。後に、森岡氏はジャングリアにカジノは作らないと明言しているが、当初、USJ時代の沖縄パークには、カジノを含むリゾートの構想があった。
そもそも、沖縄にカジノを作る、というのは、いや、日本のIRという話自体が、沖縄における政治的な駆け引きの結果として推進されたものだ。普天間基地を辺野古沖に移設する、という話が、こじれにこじれた時期があった。第2期安倍政権が立ち上がった際には、これを解決する、というのが1つの重要なミッションだった。その参謀役だったのが、当時官房長官だった、菅義偉元首相だ[1]。普天間の、辺野古への移設を仲井間元知事に了承してもらうため、用意されたお土産がカジノだった[2]。カジノを普天間跡地に作る、という形で移設問題にケリをつけた。
カジノを作るためには、法整備が必要になる。ここで、国内の一部特区でカジノを解禁する、IR法案と結びつく。それまでくすぶっていたIR法案が、急速に進展するきっかけとなった。ここに飛びついたのが、当時再上場を目指していたUSJだ。彼らは、上場に向けて、成長戦略を描かなければならなかった。大阪の中の1か所に留まっていては、当然、大きな成長戦略は描けない。そこで、カジノに飛びついた。しかし、大阪でのカジノ運営は、当時の橋下市長に無碍もなく蹴られる[3]。
そこで、次なる候補地となったのが、観光振興を必要としていた沖縄だ。自民党や菅官房長官にとっては、カジノを作ることには1つの障害があった。公明党の反対だ。その反対に対しては、テーマパークをバーターとしてIRを建設する、つまり、カジノのあるファミリーリゾートにすることは1つの代案となり得る。USJにとっても、当時3,000億円規模の沖縄関係予算を確保するとされていたため、理解も得やすいし、金銭補助も期待できる。そうした関係から出てきたのが沖縄進出だったのだろう。当時のUSJ社長のガンペル氏と森岡氏は、菅官房長官と面会している。
ジャングリアの構想は、この時のUSJにおける構想がベースとなっている。森岡氏は否定している[4]が、初期案の1つにはカジノを併設する考えもあったのではないか。「絶景」というのは、ゆっくり眺める施設があって初めて成立するものだ。カジノを含む、統合型リゾート施設の一部分であれば、ジャングリアの施設構成はしっくりくる。あくまで、カジノやホテルの魅力を高める施設としての位置付けだ。カジノ、ホテル、テーマパーク、ウォーターパークなどでリゾートを構成し、世界レベルのエンターテイメントを提供する施設となる。これができれば、十分に戦える施設になった可能性がある。
その背景には、中国政府が、マカオのカジノに対して圧力を強めていることがある[5]。この流れによって、日本のIRは強い追い風を受けている。沖縄は、特に地理的に中国に近い。中国の富裕層を狙うには、最適の観光地だ。ジャングリアが戦えるテーマパークになるには、最善の手法だったのではないか。もちろん、USJでも住民からの多大な反発が予想されるが、ブランド力のないジャングリアであれば、さらに厳しい反発があっただろう。強い政治的な後押しが無ければ難しかったと予想される。
分散配置すべきだった
ジャングリアのように、アクティビティ要素が強い施設は、規模の拡大による相乗効果を狙いにくい。アトラクションのキャパシティが限られることから、集積化しても、フリーパスの存在によって客単価が落ちるだけで、集客面のメリットはキャパシティに律速されてしまう。このため、集積化する場合でも数種のアトラクションに留める形が一般的だ。
マーケティング上も、彼らにとっては利点がある。滞在時間が1-2時間程度の施設であれば、イメージ図などの印象だけで、立ち寄ってもらえる可能性が高まる。イメージ戦略が得意な刀の強みが、最大限に活かされる。
分散配置によって滞在時間を落とせば、地域への観光波及効果も大きい。周辺地域からの理解も得やすい。加えて、同一チェーンの周遊パスを発売すれば、複数地域を訪れるモチベーションを付与することになる。滞在を伸ばすことが難しいのであれば、リゾートを出て観光地を周遊するモチベーションを作ることが、沖縄経済にとっても重要な手段となる。渋滞対策としても、雇用対策としても効果的だ。
ただし、南部は特に用地が少ない。また、これによって経済的にプラスになり得るかと言えば、そうではないと考える。あくまで、「マシになる」程度だ。
リゾート化
現状のジャングリアのイメージ図には、レストラン以外にゆっくりできるスペースが見られない。客単価向上策なのかもしれないが、「パワーバカンス」を掲げる施設として、特に「バカンス」部分にとって、これは致命的だ。
米国には、広大なパーク内に、たくさんのリラックスできる椅子が配置されたパークがある。

これがスタンダードだと言うつもりはないが、リゾートスタイルのパークはこうあるべきだろう。このパークでは、ソフトドリンクのみだがフリーフロープランがあり、パーク内の様々な場所にあるスポットでドリンクを補充し、こうした椅子でゆっくりと飲むことができる。
特にアクティビティ系は、見ているだけでも楽しい。ジャングリアが言う、やんばるの植生を活かした絶景を見つつ、アクティビティを眺めながらゆっくりドリンクを飲む。こうした過ごし方ができるようになれば、満足度も改善されるだろう。一時期、スキー場のリゾート化が取り沙汰されたこともあったが、そのテーマパーク版だ。「のんびり過ごしたい」沖縄の来域者像[6]とも合致する。
客単価を高める策として、様々な形にカットしたフルーツなどを、セルフで盛り付けられる仕組みがあっても良いだろう。絶景やアクティビティの背景と組み合わせれば、SNSでの拡散効果も狙える。アルコールを含むフリーフロープランも必要だと考えられる。
ただし、このような施策も、満足度の低下を抑える程度の役割しか持たない。直接的に集客を増やすような施策ではない。
日本が強いタイプのIPの活用
リゾートスタイルと、典型的なIPのメインストーリーとの相性は良くない。一度心理的な負荷をかけたうえで、そこからの解放によってカタルシスをもたらすスタイルは、心理的負荷がリゾートにそぐわない。
日本には、心理的負荷をかけずに幸福感をもたらすIPが多くある。直接的に用いることは難しいが、例えば「美少女動物園(美少女の日常を第三者目線で眺める作品を総称するネットスラング)」と呼ばれるような、いわゆる日常系マンガやアニメの多くは、読者・視聴者に心理的負荷をほとんどかけない。そのルーツは、いわゆるアンソロジーコミックに見ることができる。すなわち、心理的負荷のあるIPの延長線上にある日常にも、心理的負荷のない世界を見出すことができる。
有名IPを利用するにしても、メインのストーリーラインや、その再生産に近いオリジナルストーリーではなく、周辺に広がる日常を舞台にすることで、作品への理解が深まり、想像が広がる。IPの世界が広がることは、新たなストーリー展開を可能にし、IPの寿命も伸ばす。ただし、これをやるためには、誰もが知っているIPを用いなくてはならない。キャラクターや、大まかなストーリーを知っていてはじめて成立する手法であって、知らなければ「ファン向けの何かよくわからないもの」として認識されてしまう。
これまでに、日常をイメージできる、博物館型の施設は複数あった。しかしながら、キャラクターとのインタラクティブな要素を有し、日常世界に没入できる施設は、日本にはない。強いて言えば、トゥーンタウンがそれだろうか。より日常のストーリーラインを強調するスタイルが、国産IPには合うだろう。
単なる既存のジャンルの組み合わせではなく、こうして新たな需要を掘り起こす、新たなジャンルを形成する取り組みこそが「NEW TO THE WORLD」なのではないだろうか。
おわりに
以上を見ても、シンプルに解決するような解が無いことは、ご理解頂けたかと思う。ジャングリアは、沖縄北部で、傾斜のある土地で、広い土地を使い、予算は少なく、初期はIPを使わないという厳しい制約の中では、ベターな選択を積み重ねてできていると思われる。ただし、ベターであってベストではない。
本連載では、ジャングリアに対して厳しい目線から指摘を続けてきた。しかしながら、ジャングリアが恒常的な赤字に陥れば、その影響は計り知れない。出資者や債権者はもちろん、被雇用者、ジャングリアに合わせて投資を行った民間や行政など、広い範囲に悪影響が及ぶ。遊園地・テーマパーク産業においても、著名なマーケターとして知られる森岡氏や、刀が成功できなかったとなれば、新規投資に二の足を踏む企業も出てくるだろう。このため、ジャングリアの成功を強く願っているし、不足する点があるのであれば、今からでも修正して頂きたいと考えている。
万が一、雲行きが怪しくなるようなことがあって、遊園地・テーマパーク産業で新規投資を躊躇する案件が出た場合には、当サイトの記事を活用して頂き、「予見可能であった」ことを示す証拠の1つとしてご活用頂きたい。万が一の場合の悪影響を、少しでも低減することができれば幸いだ。
参考文献
[1] 琉球新報「安倍元首相と沖縄の関わり 辺野古新基地巡り県と対立 振興、大型プロジェクト実現」2025年3月21日閲覧
https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1546634.html
[2] ハフポスト「普天間基地の辺野古移設、カジノ誘致と引き替えか?」2025年3月21日閲覧
https://www.huffingtonpost.jp/2013/11/25/futenma-casino_n_4340486.html
[3] イーストベガス推進協議会「橋下市長、USJのカジノ参入を拒否 「信頼関係ない」」2025年3月21日閲覧
http://www.eastvegas.org/irnews/irnews-japan/126
[4] 琉球新報「「カジノ、選択肢にない」 ジャングリア、住民説明会で否定 気になる開業日はいつ? 沖縄」2025年3月21日閲覧
https://ryukyushimpo.jp/news/economics/entry-2824572.html
[5] ドットワールド「マカオのカジノに圧力を強める習近平の狙いは」2025年3月21日閲覧
https://dotworld.press/china_macau_casino/
[6] Yu Shioji, J. Amusement Park (2025) 250007.
引用方法
引用時は、下記を明記してください。
Yu Shioji, J. Amusement Park (2025) 250013.
利益相反
本稿に関わる利益相反はありません。
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