Author: Yu Shioji (塩地 優) Article type: Commentary (解説) Article number: 230012
ローラーコースターは、カーブに差し掛かると車輪がどう動いて、どのように曲がっていくのか、イメージできますか?
実は、ローラーコースターの車輪周りの仕組みは、鉄道とも自動車とも違う、独自の進化を遂げているんです。ローラーコースターの車輪の構造を紐解いていくことで、機械工学の知識だけでなく、図形や歴史、論理的思考力などを身に着けていくことができます。
ローラーコースターの行列に並ばれる際は、是非この記事をご参考に、お子様やご友人とローラーコースターの動きを見ながら車輪がどう動いているのか議論してみてください。
ただ車輪を付けただけの台車は曲がれない
ローラーコースターのライドは、ただ乗り物に車輪を付けただけ……ではありません。
車輪がついているだけの台車では、カーブを曲がれないのです。
どういうことかといいますと……、下の画像をご覧ください。
小さなチョロQやミニ四駆のように、2つの車軸(シャフト)があって、その両端に車輪がくっついているシンプルな構造。
こんなライドにカーブのあるレールの上を走らせたらどうなるでしょう。カーブで曲がろうともせず、そのまま真っすぐに落っこちていってしまいます。
実は、1884年(日本では明治維新の17年後!)に作られた、現代のローラーコースターの原型となったコースターは、このようなカーブを曲がれないライドを使っていました。なんでこんなライドで良かったのかといいますと、コース中にカーブが無かったのです。もちろん、ちょっとしたレールのブレでライドが脱線しないよう、少しだけ工夫はされていましたが、ほぼ大きいプラレール状態でした。
その後、コース中にカーブが作られるようになって、車輪周りの構成が変わっていきます。歴史を追いかけながら、その様子を見ていきましょう。
鉄道に学んだ初期のローラーコースター
現代のローラーコースターは、そもそも歴史的に鉄道から派生しています。ただし、鉄道とは言っても現代の電車のように、モーターなどの動力を積んではいません。重力で落っこちていく、動力のない列車でした。
ですから、ローラーコースターにも鉄道の技術が転用されたのは当然のことです。
ここで一度、曲がれない車体の問題点を振り返ってみましょう。
1つは、左右に車輪の向きを変えられないことです。ですが、車輪が左右に回転できるような機構を付けただけでは、問題は解決しません。この点は、後で考えることにします。
もう1つの問題、それは、車輪がカーブに沿って曲がるような仕組みがないことです。この仕組みを作らない限り、たとえ車輪が左右に向きを変えられても、カーブでは車両がまっすぐそのまま進んでレールから落っこちてしまいます。
後者に対する対策は、現代のローラーコースターには見られなくなったものですが、鉄道では現在も使われている技術です。それは、「車輪にテーパーをつける」というもの。簡単に言うと、車輪とレールとの接地面を斜めにしてしまうのです(鉄道の場合は更に、車輪の内側にL字の「壁」を作って脱線を防ぎます)。
モノにはそもそも、それまで進んでいた方向に、同じ速さで進み続けようとする性質があります。これを慣性の法則と言います。このため、何も工夫をしなければ、レールが曲がっていても車両はまっすぐに進んでレールから落っこちてしまうのです。
慣性の法則に逆らって車両の向きを変えるためには、何か力をかけてやらなければなりません。そのために考えられたのが、車輪にテーパーを付けるという方法です。こうすると、カーブに差し掛かると外側の車輪はレールの上にせり上がっていきます。一方で、車両に働く重力はせり上がりを妨げる方向に作用します。このバランスによって、車両の脱線を防ぐことができるのです。
ちなみに、ローラーコースターの場合は鉄道よりも急なカーブが作られます。急カーブでは車輪のテーパーだけでは対応できませんので、車両の横にも車輪が取り付けられて、それが車両脇のサポートレールにぶつかることで脱線を防いでいました。ミニ四駆のような仕組みですね。このタイプのライドは、今でも例えばデンマーク、チボリ公園の「Rutschebanen」などで体験することができます(チボリ公園のものは車両脇についているのが車輪ではなく、バンパーです)。
車両の横に車輪を付けて脱線を防いでいると、構造がややこしくなりますし、カーブのたびに新たなレールを設置しなければなりません。更に車両形状やサイズにも制約を生じてしまいます。
そこで、1920年代になると、メインの車輪と一緒にレールを横や下から挟み込むような車輪が取り付けられるようになります。これはジョン・A・ミラーという人が開発した方法で、100年経った現在でも使われている、完成された形です。
車輪の向きをどう変えるか
続いては、1つ目の問題点、車輪の向きをどうやって変えるのかについて考えてみましょう。
最もシンプルなのは、車軸自体を回転させてしまう方法です。車軸の中心に回転軸を付けてしまえば、車輪はレールに合わせて自在に回転できるようになります。これは鉄道と同じ仕組み。
この手法にはいくつかのメリットがあります。
- 機構がシンプル
- ねじれに強い(別の機構を追加した場合に限ります。詳細は別の機会に)
- レールと車輪の接触点が常に一定(どういうことかは後でご紹介します)
一方で、デメリットもあります。
- ブレーキを車軸より下に取り付けなければならないため、レール下に空間が必要
- 回転軸が折れると左右輪ともに脱落する(実際には、それを防止するワイヤー等が取り付けられています。そこの設計をミスすると大変なことになります)
- カーブがきつすぎると、他の車輪と衝突する
最後の問題をもう少し詳しく見ておきましょう。
カーブがキツいと、例えば前後に車輪のあるライドでは、それらの車輪がぶつかってしまいます。
あるいは、前輪または後輪しかない車両では、前後の車両の車輪と衝突する恐れがあります。
これは極端な例で、実際には車輪はライドのくぼみに設置されていて、車輪とライドとの接触が曲率を規定している場合がほとんどです(逆に、曲率からライド形状を設計していると考えられます)。
これらのデメリットを解消するため、左右の車輪が独立に回転する軸を持ったコースターも存在します。自動車に近い仕組みです(自動車の場合は前輪のみが回転しますし、左右が連動しています)。
例えば上に示しました富士急ハイランドの「高飛車」なんかはこのタイプです。自動車の構造にならって「アッカーマン・ジャントー機構」と呼ばれたりします。ただし、厳密にはその機構は左右輪の連携を取る仕組みですので、左右輪が自由に回転するローラーコースターには当てはまりません。車輪がレールに束縛されていますので、結果的に車輪が描く軌跡がアッカーマン機構と同じになるため、そう呼ばれているに過ぎません。
メリットは、
- 車軸がないので、車台を前後に縦断する形でブレーキや、リニア加速用の磁石等を配置できる
- どんなにカーブがきつくても、車輪同士がぶつかることはない
デメリットとして
- 可動軸が増える(メンテ・コスト的にマイナス)
- カーブではレールと車輪との接触点が変わる
という問題があります。
ここで、左右輪が独立に回転すると、カーブでレールと車輪の接触点が変わるとはどういうことなのか、考えてみましょう。簡単のため、以下では車輪に幅が無いものとして、その車輪の通過位置にレールが存在するものとします。
上の図で、はじめ①の直線位置にいたとします。このときの左右の車輪の間の距離をdとおくと、このdという値はカーブに差し掛かっても変化しません。車輪の位置はライドに対して固定されていますから、当然ですよね。
さて、カーブに差し掛かって②の位置に移動したとします。このとき、このカーブの回転中心から各車輪に線を引くと、左輪に向かって引いた線と右輪に向かって引いた線がズレることがわかります。これは、カーブでは左輪と右輪が、カーブの異なる位置を走行している、ということを意味します。
カーブの異なる位置を走行しているということは、左右輪の間の距離dはレール間の距離とは一致しません。
レール間の距離は、上の図のように、各車輪から隣のレールに向かって引いた垂線の長さとなります。2つの平行線があったとき、その間の最も短い線が垂線ですから、車輪間距離dは垂線よりも長い、逆に言うと、レール間距離(垂線)は車輪間距離dよりも短い、ということになります。
つまり、レール間距離は車輪間距離と一緒ではなく、カーブでは短くなってしまう、ということなんです。
自動車でも同じことは起きているのですが、自動車の場合はレールがないので特に問題にはなりません。
一方で、ローラーコースターはレールがありますので、レール間距離は大きな問題になります。カーブでいちいち曲率半径に合わせてレール間距離を変えようとすると、きわめて複雑な設計と、レール曲げの技術を要求されます。
実際には、車輪に幅を持たせたり、あるいは断面が円形ではないレールの場合はレールに幅を持たせて対応していると考えられます。ただし、主輪はこれで問題ないのですが、横からレールを押さえる車輪は、通過位置で吸収ができません。このため、車輪が外側に広がるよう、バネやダンパー等の機構が採用されています。
左右輪の回転差
カーブでは、内側のレールと外側のレールで長さが違います。内側のレールも外側のレールも、回転の中心は同じ点ですから、その回転中心から近い内側のレールは長さが短く、外側のレールは長さが長くなってしまいます。
ですから、内側のレールを走る車輪と、外側のレールを走る車輪では、走行距離が違ってしまいます。
鉄道の車輪の場合、左右の車輪は軸でつながれてしまっていますから、これは大問題です。軸でつながれている以上、左右の車輪は全く同じ回転数でなければなりませんので、普通に車輪を作ったらカーブを通過できないのです。
ここでも、最初にご紹介したテーパーを付けた車輪が生きます。カーブでは車両は遠心力を受けて、外側の車輪がレールの上にせり上がり、内側の車輪は少し下がります。そうすることで、左右の車輪は直径が異なる場所がレールと接するのです。この直径の差(あるいは円周の差)を利用して、左右輪の走行距離の差を生み出すのです。
初期のローラーコースターは鉄道の技術をベースとしていましたので、同じように左右輪の走行距離の差が問題となります。
ですから、初期のコースターではテーパーを付けた車輪が用いられていました。
しかしながら、現代のローラーコースターでは、各車輪に個別のベアリングが設けられていて、それぞれの車輪が独立に回転できるようになっています。このため、左右輪の走行距離の差は、車輪の回転数の差として吸収できるようになっているのです。
したがいまして、現代のローラーコースターではテーパーを付けた車輪が用いられることはなくなっています。
引用方法
引用時は、下記を明記してください。
Yu Shioji, J. Amusement Park (2023) 230012.
利益相反
本稿に関わる利益相反はありません。
コメント
技術的な記事を見た事が無かったので興味深く拝見させて頂きました。
気になる点がありましたので初めてですが、コメントさせて頂きます。
前輪がカーブに突入したタイミングで車両全体が傾き始めると思うのですが、後輪は直線部分から差異が生じると思います。
インタミンのコースターは側車をレールに押し付ける形になっているので、台車で差異を吸収しているものだと思っていました。具体的にはサンダードルフィンのホーム前のカーブが半径6mで軸幅が15mm広がり、実際に左右の側車が7.5mm広がる構造になっているようです。(横方向の拘束力が弱かったことがボルト落下事故の一因でもありますが…)上下の車輪に関しては車輪幅で十分対応出来るかと思います。
レール幅を意図的に変更しているコースターは広く普及しているものなのでしょうか?
いすけ様
コメントありがとうございます!
レール幅に関しまして、そのような記述があったと思っていた本を再度当たったのですが、私の読み違いだったようです。ただ、その本と言いますのがCoaster 101という、技術を高校生・大学生向けに解説した洋書だと思っていたのですが、そもそもボギーとアッカーマンに関する記述すらなかったので、継続して探してみます。何分、初稿が2年以上前なもので、記憶があいまいで申し訳ございません。本来、参考文献を書いておくべきところなのですが……。
手元で計算してみたのですが、数値的にもおっしゃる通りですので、ご指摘の通り車輪幅で吸収しているものと思われます。
不正確な記述で大変申し訳ございません。このあと、内容を修正させて頂きます。
サンダードルフィンの曲率半径や側車可動域をご存知ということは、ローラーコースターの技術にお詳しい方とお見受けします。
今後とも、お気づきの点が御座いましたら是非ご指摘ください。
記事を更新致しました。
ご指摘、誠にありがとうございました。
「前輪がカーブに突入したタイミングで車両全体が傾き始めると思うのですが、後輪は直線部分から差異が生じると思います。」という部分につきましては、簡単のため、カーブに差し掛かった部分の説明を省略しておりました。今回の議論には、カーブ進入時の後輪につきましてはあまり影響を及ぼしませんので、こちらは変更なしでご容赦ください。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
度々申し訳ございません。
ミスの原因調査が完了致しました。
ドイツ語版のwikipediaにローラーコースの台車に関するページがありまして、
https://de.wikipedia.org/wiki/Achterbahnfahrwerk
この翻訳ミスが原因だと思われます。
当時は、何らかのweb翻訳を使っていたと思われますが、改めてアッカーマン機構のところをChat-GPTで翻訳しましたところ、
「軸(B)はレールの曲線に対して放射状に配置されておらず、各レールセクションに対して直角ではありません。その結果、トレッド幅にわずかな差異が生じ、これらは調整する必要があります。」となりました。
この、トレッド幅を調整する必要がある、という部分が誤訳されて、私の誤解につながったものと思われます。
投稿前に、きちんと自身でメカニズムを再考するように致します。
ご指摘、本当にありがとうございました。